※以下は、よく見られる相談内容を再構成した一例です
いつも損な役割を引き受けてしまうことに悩んでいます。職場でも友人グループでも、気づくといつも誰もやりたがらない細かな調整や責任の重い役目を引き受けてしまいます。
「安心して任せられる」「いつも助かるよ」という言葉は、良い評価として受け取っていますが、それと引き換えに増えていく残業や削られていく自分の時間に、どこかモヤモヤと割り切れない思いが募ります。
断ろうと思えば、断る理由も言葉も頭には浮かびますが、いざその場面になると「自分がやれば丸く収まる」「ここで断って空気を壊したくない」という思いが出てきて、結局引き受けてしまいます。
周りの人たちが、定時で軽やかに帰宅したり、面倒なことを器用に避けて笑い合ったりしている姿を横目で見るたび「なぜまたこうなるのか・・・」とか「なぜ自分ばかりが」いう気になってげんなりしてきます。
がんばり損のような役回りから抜け出せません。
損な役回り、なぜか毎回この立ち位置になるという経験をしたことはありませんか?
自分の役回りに納得していればいいですが、そうでない場合は「どうして毎回こうなるのか」そう考えてしまうこともあるでしょう。
損な役回りが固定される理由
損な役回り、いつも特定の立場に固定されてしまう状況には共通点が見られます。
まず周りの人にとっての「頼みやすさ」と、自分が抱えている「断りづらい」という心理のギャップです。
周囲から見ると
- そつなくこなす
- 人当たりがいい
- 責任感がある
- 安心して仕事を任せられる存在
になっています。
一方で本人は、
- 頼まれた以上はきちんとやらなければ
- 断って関係が悪くなるのは避けたい
- できるのにやらないのは気が引ける
という心理的な負担を感じていたり、無意識に独自の約束事を守ろうとしていたりします。
断りたいという思いとは裏腹に、周囲は頼みやすさと安心感を持っているので、仕事や役割が自然と集中しやすい傾向が出てきます。
最初に頼まれたのは偶然だったはずです。
しかし、何度か繰り返されるうちに、自分も周りにいる人も「その役割がその人にとって自然なポジション」として認識されて、いつの間にか固定されてしまうのです。
簡単に言えば、自分と周りの人の習慣、状況に対する慣れで何となくそうなりやすい状況ができます。
やるかやらないかの境界線が曖昧になっている
もう一つは、「どこまでやるか」の線が曖昧になりやすいことです。
日本の国民性かそういう性格という場合もありますが、人の気持ちに配慮して何か頼まれると断りにくいと感じる人がいます。
- 仕事だから断れない
- 役割上、拒否しづらい
- 嫌な人になりたくない
- 嫌な顔をされたくない
- 期待を裏切りたくない
そういう心理的な抵抗があると、つい引き受けてしまうかもしれません。
ですが、自分の都合とのバランスを考えずに他人がどう思うかで決めていると、その積み重ねが習慣として定着していきます。
そうなると、徐々に周囲も今までの習慣を前提に何となく動き始めていきます。
頼む側は悪気がないこともあり、「いつもやってくれる人」として認識しているだけです。
結果として、負担は偏り、役割は固定されます。
そもそも、他人がどう思うかという部分は自分がコントロールできないところです。
コントロールできないところに意思決定のポイントを置くと、自分の選択をしにくくなります。
- 「本当に断ったら関係が壊れるのか(自分が人に断られたとき・他の人が誰かに断ってるのを見たときに許せないと思うか?)」
- 「どこからどこまでを自分の責任としてやるのか」
- 「そもそもその場(職場など)が合っているのか」
という点は考え直す価値があるかもしれません。
役割・立場の固定に悩んでいる場合は、自分が周りに合わせる視点以外に、自分に合った場所や関係を探していくという視点が持てないか考えてみるのも良いと思います。
「損」に見える役割の意味
ここで一度、少し視点を変えてみます。
- 頼まれれば応じる。
- 残っている仕事を拾う。
- 場が滞らないように動く。
頼られるという意味ではそれ自体は能力であり、価値でもあります。
ですが、自分の時間が削られるという点が「損をしている」というふうに感じてしまうのだと思います。
逆に考えると自分の時間の確保、仕事の時間とのバランスが取れれば、「損をしている」という解釈から、その場に必要とされているという解釈に変わることもあるのではないでしょうか。
今まで断らない人生だったのに、次から断るのは難しいかもしれません。
ですが、他の人も自分の予定を理由に断っているはずですし、ここまで読んでいるということは予定があるのに用事で帰れない人だと思います。
損な役回り自体もある日突然なったわけではないはずです。
いつの間にかそうなっていた、そうなってしまうのはなぜだろう、と思いながら過ごしているのだと思います。
だったら、予定があって帰る役回りにも、そういう雰囲気・意思を少しずつ出すことで、いつの間にか変われるかもしれません。
人は慣れた行動や役回りを無意識にやってしまう
「どこへ行ってもそうなる」
「いつも自分ばかり」
そう思うことが多いとしたら、これは単なる偶然ではなく、無意識に同じ立場を再現してしまっている可能性があります。
人は、自分が慣れた役割に無意識に収まりやすい傾向があります。
そのため
- 責任感が強い人は「空いている役割」を放置できない
- 人間関係を壊したくない、傷つきたくない人は、衝突の芽を先に摘もうとする
という行動に現れます。
その結果、「損な役回り」に見える立場に落ち着いてしまうことがあります。
繰り返す人間関係の役割から抜け出す前に見直したいこと
多くの人が求めるのは、
- 断り方
- 境界線の引き方
- ポジションから抜け出す方法
です。
それも一つの方向性でしょう。
けれどその前に、
- 自分はいつもどの立場に立ってきたのか
- その立場は、本当に自分の意思で主体的に選んでいるものなのか
そこを見直すだけでも、見え方が少し変わることがあります。
「損をしている自分」ではなく、「引き受ける側に立っている自分」として捉え直す。
そのとき初めて、同じ行動でも意味づけが変わる可能性があります。
いつも損な役回りになるという背景には、能力や優しさ、責任感だけでなく、人間関係における無意識的な立場の固定という構造があるのかもしれません。
こうした立場の固定は、人間関係の中で繰り返されやすい一つのパターンです。


