一般的には特に理由がなければ、人には親切に対応することが多いと思います。
道を尋ねられたら知ってる範囲で教えようと思うでしょうし、観光に来た外国人が日本人の対応に感動したという話も聞いたことがあるかもしれません。
有事のときや急いでいるときなど、状況次第では親切にできないこともあるでしょうが、特に平和なこのご時世では、人に親切にしようと思う人の方が多いと考えられます。
ただその反面、相手に何か返してもらうことを期待してしまう人も少なくありません。
最近、人に親切にするのがバカバカしくなってしまいました。困っている同僚を助けたり、友人の愚痴を何時間も聞いたりしてきたんですけど、結局相手からは何も返ってこないんですよね。
むしろ「やってくれて当然」みたいな態度をされることも多くて、自分だけが一方的に搾取されているような気がして。善意で動けば動くほど、自分がすり減っていくだけな気がして、もう誰に対しても優しくしたくないなって思っちゃっています。
※よく見られる相談内容を再構成した例です。
これまでにも、今回の「親切にしても返ってこない」という悩み以外に、損な役回り、気がつく人ほど損するという悩みを扱ってきました。
言葉は違っても、「こんなにやってるのに返ってこなくて損」ということに悩んでいる人は多いように見えます。
良くしたから何か返ってくるのが道理みたいな感じなんですよね。なのに、「やってくれて当然」とは何事かと思ってしまうんです。
優しく親切にするのは良いことのはずです。相手も喜んでいるに違いないという予測があるからこそ、「おかしい」「道理に反する」「人としてどうなのか」と思ってしまうわけです。
私もそういうふうに考えていたことがあり、とりあえず相手にとって良くするのが一番いいだろうぐらいに思っていました。
人間の基本的な反応としても、親切にしてもらったら親切を返さなければならないという心理的な傾向はあります。(返報性の原理とも呼ばれています)
ですが、それはあくまで傾向であって、自分が良くした=返ってくるという現象は必然ではありません。
厳密にはルールがあると思っている人間同士で成立する暗黙のやり取りです。
良くしたから返ってくる、みたいな道徳的なルールは100%に近い確率で正しいように感じると思います。
しかし、見方を変えると取らぬ狸の皮算用でもあるんですよね。
実現が未確定のことを勝手にそういうつもりであれこれ考えているんです。
> 自分だけが一方的に搾取されているような気がして。善意で動けば動くほど、自分がすり減っていくだけな気がして、もう誰に対しても優しくしたくないなって思っちゃっています。
こういった悩みが出てくる背景を考えると、「良くしてやってるのに何も返ってこないとはけしからん!」という気持ちがどこかにあるからそう思ってしまうのかもしれません。
また、同じ行動を繰り返していると相手の新鮮さがなくなります。
あんなに欲しかった推しのファングッズも、日にちが経てば入手初日ほどの感動がなくなるのと似ています。
同じ行動をする理由を相手に見透かされる場合でも反応が悪くなることがあります。
「親切という見返りを期待してるんだな」と相手に取られてしまうと、善意の行為だったとしても、相手は素直に受け取りにくくなります。素直に感謝しにくいのです。
また、親切を返すというルールを信じてない人からすると、ルールを盾に善意で人の行動を縛る人のようにも見えている可能性があります。
そういう意図はなくてもです。
いつ・どこで・どう返すかは相手次第なのです。
ルールのようにそうあるべきと期待するから、裏切られたように感じて消耗していきます。
親切で消耗したくないなら、相手の返報で完結させるのではなく、自分だけで行為を完結させることです。
どうしても親切を返してくれる人と付き合いたいと思うなら、親切が返ってくるかを人を見る判断基準として考えてみてもいいかもしれません。
類似のテーマとして、優しい人が損をする理由や親切にしてしまう本能的な理由をテーマにした記事もあります。
自分は優しい性格だから、とやりたくて人に親切にしていると思っている人は多いです。しかし、それは本能的な衝動に理由をつけて納得してるだけという見方もあります。
(本記事と異なり、ChatGPTとの対話形式でテーマについて掘り下げた内容になります)
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
人は周りの影響から逃れられないため、周りにいる人と似たような人生を送ることになります。
それでもあなたは納得できる人生だと断言できますか?
私はこれまでに人間の行動原理や脳の仕組みの記事を書き続けてきました。
それら記事は全て、『永遠の人生の夏休みの実現』というゴールに繋がっています。
以下は関連記事全体を地図としてまとめたロードマップ記事です。
「自分の人生、どこかしっくりこない」と思っているなら、騙されたと思って一緒に初めの一歩を踏み出してみませんか?
永遠の夏休みな人生に至る法則シリーズの記事では、次の一歩に役立つ「思考のヒント」を散りばめています。
社会不適合界隈の歩き方
普通という基準で動く世界が一般社会界隈だとしたら、普通ではないという基準で動くのが不適合界隈です(詳細はこちら)。
社会不適合な私が、怪しいと思いながらも見つけた推せる箱でもあります。
生き方の選択肢としてそういう世界を知っておいて損はないと思います。
永遠の夏休みな人生を実現するために重要な考え方や技術、ノウハウがある界隈でもあります。
もし人生夏休み化や不適合界隈の価値観が合わないと言うなら、実は本音では「私は普通の人でいたい」ってことかもしれません。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
- プチ永遠の夏休みを実現してわかったこと:
- 生きづらさは後天的なものという話:
- 私が自立を目指した理由と主な良い変化:











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