※以下は、よく見られる相談内容をもとに再構成した悩みの例です。
変化に乗れる人と乗れない人の違いとは何でしょうか?
例えば、リモートワークが普及するきっかけとなったコロナ禍が過ぎてから、AI、DXという言葉をよく聞くようになりました。新しいシステムが導入されたり、仕事の進め方がガラリと変わったりする経験がありました。
何とかついていけてるように振る舞っていますが、実際は働き方の変化についていけてません。
周りの同僚たちは「便利になりますね」と軽く適応しているように見えます。中には新しい変化を面白がっている人さえいる。
その一方で、私は「前のやり方のほうが確実だったのに」という思いを捨てきれず、操作ミスを繰り返すたびについて行けてない現状に焦ってしまいます。
変化をチャンスと捉えて前向きになれる人と、それを自分の平穏を壊す脅威として受け取ってしまう自分。その差はいったいどこにあるのでしょうか。
単なるスキルの問題ではないように思います。もっと根深い、心の持ちようや柔軟性の欠如を突きつけられているようで、今の自分は昔の時代に取り残された存在のように思えてきます。
前向きに考えたいですが、飲み込みの悪さから不安や焦りが募ります。
「変化を恐れるな」とよく言われるが、実際は怖いものは怖いし、結局変えられずに元に戻ることも多い。
ポジティブでいること、ネガティブなことでも前向きに解釈することが大切という話を読んだものの、無理にポジティブになろうとすると疲れる。
「変化に乗り切れない」「変われない」自分を責めずに受け入れる方法があるのか知りたい。
変化を「チャンス」と感じる人と、「脅威」と感じる人。その差はどこから来るのでしょうか。
変化に対する解釈が自分の反応を決めている
人はとにかく意味づけを本能的にしてしまいます。
意味のわからないものがあったら、とりあえず「これは何だ?」と考えてしまうのではないでしょうか?
あえてそのままにしておく人はおそらく少数派です。
それぐらい、人にとって見たもの・聞いたものを意味づけすることは、ごく自然に行われていることです。
変化という出来事にも似たようなことが言えます。
- 新しいシステム
- 新しい働き方
- 新しい価値観
- 新しい人間関係
そういった環境が変化しただけのことに意味づけした結果
- 「変化できない」
- 「いや、これは成長の機会か・・・?」
- 「こんなのついていけない」
- 「新しい技術を使えばこんなに楽になるのか」
- 「昔のやり方を変える必要はない。変化こそ自分の立場を壊すものだ」
- 「新しく覚えるのが面倒だな・・・」
- 「効率化するのは意外と楽しそう」
といった反応の違いが出てきます。
この意味づけの差が、「乗れているように見える人」と「乗れないと感じる人」の違いを生んでいる可能性があります。
変化に対して不安に感じるのは自然な反応
怖いものは怖い。不安なものは不安というのは、本能的に自然な反応です。
人は良いことよりも失敗した出来事の方をよく覚えています。
どちらかといえば、成功したときに何が起きるかよりも、失敗したときのリスクや何が起きるかの方に興味を持ちやすい傾向があります。
「変化を恐れるな」
「チャンスだと思え」
といった言葉は、自己啓発や意識の高い人がよく使いますが、失敗したときのリスクばかりを考えるなという意味もあると思います。
初めはそうした言葉でモチベーションが上がっても、次第に同じ言葉で疲れてしまう人もいるでしょう。
誰でも変化に不安を感じる面は持っているけど、それをどう扱うかという点が違うだけで、変化にすぐ乗れない=能力の欠如とは限りません。
「乗れる人」に見えるプロセス
変化に乗れる人と乗れない人の違いは、性格の優劣というよりも
- 何を失うと感じているか
- 漠然とした不安を言語化して向き合ってるか
- 自分が変化したイメージに安心の土台があるか
- 変化をどう意味づけているか
こうした構造の違いで説明できることが多いのです。
そして多くの場合、最初から「変化に乗れている人」などいません。
誰しも変化が必要な場面が訪れて、戸惑いながらも少しずつ慣れていっていることが多いと思います。
例えば、生活なら進学や進路決定、就職、引っ越しなどのライフステージの変化があります。
新しい環境に移るのは、ワクワクすると同時に少しの不安も感じるものです。
・・・という感じで、人は習慣化されていないもの・未知のものに対して怖さや不安を抱える傾向があります。
変化に乗れているように見える人は、不安のままで終わらせずに、抱えながら試してみた人かもしれません。
その結果、変化の先は未知のことではなくなり、習慣化しただけということもあります。
そのプロセスが外からは「変化に乗れているように見える」だけと考えてみてください。
変化に乗るかどうかの差は、不安を感じたときに、そのまま何もしないか・少し進んでみるか、その選択の違いが結果の違いとして見えている可能性があります。
変化に対する立場は固定されやすい
「自分は変化に弱い人間だ」
「私は保守的だから」
「昔の人間には新しいことは分からない」
そうラベルを貼ってしまうと、変化の場面が来るたびに同じ立場を取りやすくなります。
人は慣れた反応を繰り返す傾向があります。
ですがそれは固定された性質というより、これまでの経験から身についた反応パターンです。
変化を恐れる自分に気づくこと。その背景にある喪失感や不安を見ること。
それだけでも、「乗れるか、乗れないか」という二択から少し距離を取れます。
乗るためにはどうしたらいいか、何ができるかという視点に広がる余裕が出てくるかもしれません。
変化は、誰にとっても不安と適応という揺らぎを伴います。
軽やかに見える人も、戸惑っている人と同じように内面では不安を感じているかもしれません。
ただ、不安の扱い方に慣れている可能性はあります。
変化できる人・できない人の違いがあるとすれば、能力の差というよりも変化をどう受け取り、どんな立場に立っているかという部分にありそうです。
「乗れない自分」を責めているだけでは新しい視点は出てきません。
「変わりたくない自分は、変わらないことで何を守ろうとしているのか?」
そこに目を向けることで、変化との距離感、付き合い方が少し変わっていく可能性があります。
そしてその変化に対する反応の差は、その人の性格というより、出来事をどう解釈するかという認知のパターンの違いにあるのかもしれません。


