下記の記事は本シリーズの案内板です。シリーズにおける趣旨や各記事の位置づけを把握できるため、初見の場合はぜひご一読ください。

常識・皆と一緒を信じる人が多いと得をするのは誰なのか|自分が得するしがらみを選ぶ

格差の構造

常識があるか・ないか、皆と一緒なのか・そうでないのか、普通かそれ以外か、多くの人が悩む問題です。

ですが、これは本当に問題なのでしょうか。

ここで発想を変えてみてください。

常識通りに行動してくれて、皆と一緒のことをする人が増えたときに、一番得をするのは誰だと思いますか?

これまでにも常識や普通に関するテーマの記事をいくつか書いてきました。

いろんな悩みの例を取り上げてきましたが、多くの場合で常識のある行動・普通の人の行動がとれないことが、生きづらさや人と関わりたくない、社会不適合といった悩みに繋がっています。

悩みができるのは、社会で生きていくために普通や常識というのは必須科目だと多くの人が理解しているからです。

他者と共存している社会で100%自分勝手はできないという意味では、普通や常識が必須というのは半分ぐらいは正しいと思います。

お互いを理解する土台として、また健全な社会を築くためにも合理的、あるいは良識のある行動が取れることは重要です。

ですが、半分だけ正しいといったのは、常識や普通という基準は人を管理する人の都合もあるように思うからです。
管理する人とは例えば

  • 国の政治家
  • 社員を管理する立場の人
  • 消費者を相手にする企業
  • 生徒を管理する責任がある学校
  • 子の保護者

などが当てはまります。

常識や普通という基準は人の行動パターンを統一・制限・規格化する側面があり、人を管理するポジションの人からすれば扱いやすさの物差しとして使えます。

常識通りに行動できて、皆と一緒のことをすると安心するという行動パターンを上記のような管理者側の見方で捉えればどうでしょうか。

多くの羊が柵の中で大人しくしているように見えているかもしれません。
(戦争があれば国が司令塔となり、柵の中の国民は手足となって動きますよね。それに雇用されれば雇用主のために働くのが社畜の生き方です)

私たちは生きていくために誰かに雇用されること、国に保護を求めることを当たり前としていますが、その無意識の当たり前が普通や常識という檻・柵を作り出しているのではないでしょうか。

支配者、管理者というのは、もともと人が無意識に作る柵を利用しているに過ぎません。
いわゆる上の層にどれだけ不満を持っていても、柵の中にいたいと思う限りは、持ちつ持たれつの関係が生じる可能性があります。

そういう背景を考えると、もともと普通からはみ出していることもそれほど悪くはないという見方もできると思います。(生き方の選択肢が少ないと思わされているから悩むだけで)

仮に普通の人として適合して暮らせたとしても、結局何らかのしがらみがあります。

普通という基準をこだわる限り、先程の例で出した柵の中で何とかやっていかなければなりません。

その常識という安全そうに見える柵の中から出るとどうなるかというと、普通という基準に頼らない生き方をすることを意味します。
それは自由でもあり責任が伴います。

自分がやったこと決めたことの結果を自分で引き受けて考える世界です。

自由な世界では先生や上司、国、親の誰も、あなたのやったことの尻拭いや責任を取ってはくれないし、「あいつのせいだ!」とあなたが国などのお上の誰かに責任転嫁をすることはできません

その代わり、自分の責任で自分の好きな人生を選択できるのです。

(逆に言えば普通の世界とは持ちつ持たれつなので、道理に関係なく責任転嫁が横行するのが暗黙的に許容されています。特に優しい人は押し付けやすいので、人より苦難の道になるのだと思います)

人は自由を与えられてもそれほど上手く使いこなせないので、普通とそれ以外のどちらが良いのかは人によるところでしょう。
自由からの逃走 – Wikipedia

自立した生き方さえ確立すれば、普通を基準とした世界の上層とそれ以外、どちらの影響もあまり受けないように暮らすこともできます。

しかしながら、そういう生活って普通を基準にした世界では、現実味を逆に感じにくくいのが難点ですね。

普通の世界から見ると、それ以外の世界は異質で不信なものです。

例えば、私がブログ内で提唱した不適合界隈みたいな世界観も、普通という価値観では理解しにくい理屈で動いてるところがあるので相容れないと思います。

それに普通になれないからといって、不適合界隈が合うかどうかもまた人によります。
普通や常識で悩んでいる人は多いですが

  • 適合しにくい世界と関わることが自分の人生でどれくらい重要なのか
  • どういうしがらみや常識を当たり前としている世界で生きたいか

悩んでいても何も解決しないので、前向きに考えていくためにもそういうことから考えてみると良いかもしれません。

本記事シリーズの全体像はこちら

「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために

人は周りの影響から逃れられないため、周りにいる人と似たような人生を送ることになります。
それでもあなたは納得できる人生だと断言できますか?

私はこれまでに人間の行動原理や脳の仕組みの記事を書き続けてきました。
それら記事は全て、『永遠の人生の夏休みの実現』というゴールに繋がっています。
以下は関連記事全体を地図としてまとめたロードマップ記事です。

「自分の人生、どこかしっくりこない」と思っているなら、騙されたと思って一緒に初めの一歩を踏み出してみませんか?
永遠の夏休みな人生に至る法則シリーズの記事では、次の一歩に役立つ「思考のヒント」を散りばめています。

社会不適合界隈の歩き方

普通という基準で動く世界が一般社会界隈だとしたら、普通ではないという基準で動くのが不適合界隈です(詳細はこちら)。
社会不適合な私が、怪しいと思いながらも見つけた推せる箱でもあります。

生き方の選択肢としてそういう世界を知っておいて損はないと思います。
永遠の夏休みな人生を実現するために重要な考え方や技術、ノウハウがある界隈でもあります。

もし人生夏休み化や不適合界隈の価値観が合わないと言うなら、実は本音では「私は普通の人でいたい」ってことかもしれません。

詳しくはこちらの記事をご覧ください。

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