「何を始めても中途半端で、深くハマれるものがない」
そんなことで悩むことはないでしょうか。
例えば学生なら、友達が部活に打ち込んでいたり、社会人なら仕事や趣味に夢中になっている人を見て、「自分にはそこまで熱中できるものがない」と焦りを感じることがあります。
よくある悩みの例
実際、相談サイトなどを見ると、熱中してハマれることがないことについて悩む声が見られます。内容には似た傾向があるように見えます。
(※以下は、よく見られる相談内容を再構成した例です)
中途半端に飽きて熱中できるものがない
周りが部活や推しに熱中する中、自分だけ熱量を持てず焦っています。
興味を持っても「ちょっとやって満足」し、作詞をしても作曲まで続かないなど、何事も中途半端に飽きてしまいます。
この温度感で社会に出られるのか、将来やりたいことが明確な人と比較しては自己否定感が強まるばかりです。成し遂げられるものがないまま、夜になるとぼんやりとした不安に襲われます。
昔の趣味ほど熱中できるものがなくて落ち込む
昔はゲームや絵にどっぷりハマっていましたが、今は何を見ても以前のような高揚感が戻りません。
SNSで他人の充実した近況を見るたび、胸を張れる趣味がない自分に劣等感を抱きます。
結局、YouTubeをだらだら眺めて一日が終わり、「今日も何もしていない」と落ち込む毎日です。
無理に好きになろうとするほど自分の感覚が分からなくなり、熱中できない自分がどこかおかしい気がしてしまいます。
このように、熱中できない・高揚するほど沼れないという悩みを持っている人は意外にいるようです。
「熱中できるものがない」と感じる人に多い状況
質問サイトなどを見ると、「熱中できるものがない」という悩みにはいくつか共通したパターンがあります。
例えば次のようなものです。
周囲との比較
SNSを見るたびに「みんなは何かに打ち込んでいるのに、自分は何もない」という感覚が強くなることもあります。
同じように特に友人が趣味やサークル活動に打ち込んで楽しそうにしていると、その夢中になっている感じと自分との比較が入りやすいです。
そのため、「自分には何もない」「充実して過ごしている時間がない」ように感じる場合があります。
また、熱中しているものがない人よりも、ある人の方が世間では良い風に言われやすいため、その状態と比較すると、熱中できるものがない=自分の欠けのように思えることもあります。
過去の熱中体験とのギャップ
昔はゲームや絵、スポーツなどの趣味にどっぷりハマっていたのに、今はその時のような高揚感がないこともあるでしょう。
すると、「以前ほどハマれていない=熱中できていない」と感じやすくなります。
過去の自分との比較で、充実感が欠けているような気になっている状態とも考えられます。
温度感が高くない場合でも、惹かれる・熱中しているとカウントすれば、いずれ大きくハマれるものにも出会えるのではないでしょうか。
将来不安との結びつき
進路や就職を意識する時期になると、「やりたいことがない自分は大丈夫なのか」という不安が出てきます。
内容にもよりますが、履歴書や面接で有利になるアピールポイントがないのではないか・・・という不安と結びついているのかもしれません。
また、無意識に「夢や目標に向かって一直線に努力している人」が理想像になっており、それと比べたときのギャップで自分を低く評価してしまうこともあります。
熱中してる人は、自分のやりたいことの実現に必要なことを順番にこなしているだけで、それを外から見たら「熱中している」というふうに見えているだけかもしれません。
ただやることを終わらせるにしてもダラダラやるのか、高い目標をイメージしてそのレベルに到達するためにやっているのかでも、本人の意識や外からの見え方も変わってきそうです。
「広く浅く」の自己イメージ
いろいろ興味はあるけれど、
- すぐ飽きてしまう
- 長続きしない
- 中途半端で終わる
タイプだと思っているケースもあります。
「自分は何をやっても続かないタイプだ」という自己イメージを持つ理由になりやすいです。
何事も一長一短という観点で見ると、狭く深くだと興味のある範囲が狭いため、人と共有できる話題が少なくなるという見方もできます。
広く浅く色んな趣味・分野を知ってると、全く知識がない人よりは、人と喋るときに話の取っ掛かりを見つけやすいかもしれません。
そう考えると、熱中しているかという基準では広く浅く興味があるのはマイナスイメージになりますが、コミュニケーション力という意味ではプラスに考えられそうです。
なぜ「何にもハマれない」と感じてしまうのか
「熱中できるものがないのはおかしいのではないか」と感じる人もいますが、必ずしも異常な状態とは限りません。
熱中できるものがないという悩みには、気づきにくいポイントがあります。
それは「人は普通、何かに熱中しているものだ」という前提が、知らないうちに基準になっていることです。
例えば、
- 趣味に全力の人
- 推し活に夢中な人
- 夢に向かって努力している人
こうした人は印象に残りやすい存在です。
しかし、実際には
- 何となく毎日を過ごしている人
- いくつかのことを少しずつ楽しんでいる人
- 特定のものに深くハマっていない人
もたくさんいます。
何なら推し活や趣味に全力な人でもそういう時間があるかもしれません。
またSNSでは、生活の一部分だけを切り取って投稿できます。
趣味や推し活など、熱中している場面だけを見れば、「みんな何かに夢中になっている」という印象が強くなるのも無理はありません。
「みんな何かに熱中している」という印象は、自分が気にしているからこそ目に入って悩みのタネになるのかもしれません。
過去の熱中体験が基準になってしまうこともある
過去の「強い熱中体験」を基準にしてしまうとハマるハードルが上がります。
たとえば、
- 子どもの頃夢中になっていた趣味
- 以前ハマっていたゲーム
- 寝ても覚めても夢中になっていた漫画やドラマの登場人物
こうした体験は感情の強さも大きいものです。
すると無意識のうちに「あのレベルでハマれないなら、熱中ではない」という基準ができてしまいます。
その強い熱中体験と比べると、多少興味があって続けてる状態でも「何もない」と感じてしまうことがあります。
ですが実際には、
- ちょっと面白い
- なんとなく続いている
- 気が向いたときにやる
といった関わり方も普通にちょっとハマってると言えることなので、ハードルを上げすぎないことも大切かもしれません。
また、強い高揚感を伴う趣味ほど、ある時期を境に急に飽きてしまうというデメリットもあります。
数年後にまた始めようと思っても、あのときと同じ高揚感を求めてしまうので、ハマる=中毒性と無意識にハードルが上がる可能性があります。
脳汁が出るようなハマり方はたしかに楽しいですが、息の長いハマり方をしたいなら高揚感は重視しない方がいいこともありそうです。
「熱中できない」のではなく、別の状態にいるだけかもしれない
もし今、
- 特別ハマっているものがない
- 何となく時間が過ぎている
- いろいろ試すけれど続かない
という状態なら、単に今は何かを探している途中というだけかもしれません。
多くの人は、
- 一つのことに長く夢中になる時期
- いろいろ試している時期
- 特に何もしていない時期
を行き来しながら生活しています。
ですが、「何かに熱中している人」のイメージが強すぎると、それ以外の状態がすべて問題のように見えてしまうことがあります。
「熱中できない自分」に悩むよりは、今は特に強くハマる対象がない時期なんだと考えてみた方が気が楽かもしれません。
気になる悩みを考えてしまう現象や出来事をどう考えるか、という自己認識や認知パターンについては以下の記事でも整理しています。
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
多くの悩みの背景には、周りに振り回される自分への不快感やどうにもならなさがあります。
私たちが生活のどこかで周りに振り回されたり、生きづらさを感じるのは、自分の人生のハンドルをいつの間にか誰かに握らせるのが当たり前になるからです。
「世間体」や「空気」といった見えないルールに縛り付けられ、いつの間にか自分の本音で世界を見ることを忘れてしまったような気がしませんか?
私はその状態を「認知の檻」と呼んでいます。
認知の檻の中にいる限り、どれだけ必死に頑張っても、他人のルールで踊らされ、人生を振り回される消耗戦からは抜け出せません。義務教育のように社会や誰かから教わる機会も平等にはありません。
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