無駄ッ!無駄ッッ!
これは「変だと思われない発言がある」という前提の悩みだと思います。
しかし人間はみんな変です。
そうとは思えないとしたら、思考の訓練が足りないと言わざるを得ません。
物心ついた頃から、誰にも気を遣わなくていい一人の時間が一番落ち着きます。
自分から声をかけるのが怖くて、学生時代もずっと無口で通してきました。
「変なことを言って怒られたらどうしよう」という不安が常にあります。趣味も特になくて世間話も苦手なので、そんな自分を「普通じゃない」と責めてばかりです。
今の人間嫌いな状態をどうにかしたい気力も湧かず、ただ誰とも関わらずに静かに過ごしたいです。
※よく見られる相談内容を再構成した例です。
非常によく分かる悩みです。
生まれの設定がコミュ力の持たざる者に生まれると、一人が好きになったり無口キャラになったりします。
「そんな私は普通じゃない」と思うのも、もうなんか陰キャのテンプレかと思うぐらいよく見かける悩みだと思います。
よくある悩みなんだから、まあ陰キャの普通には属しているという答えもありますが、慰めにはきっとならないでしょう。
悩みの要点としては
- 他人に声をかけるのに怖さを感じる
- 変なことを言わないか気にしてしまう
- 趣味もなくて世間話が苦手
といったことが挙げられています。
こういった苦手意識から人に近づけないため、自分は人間嫌いで普通ではない、誰とも関わらずに過ごしたい(でもそれは難しいという葛藤を抱えている)という悩みがある・・・ということだと思います。
冒頭では無駄といいましたが、それだと話がすぐに終わってしまいます。
そのため一旦、人嫌いだけど誰とも関わらないのは生活上難しいという葛藤の部分についての話をします。
コミュ力の持たざる者がなぜ持たざるものかというと、まず得意なこと・苦手なことが分かれる要素として、成功体験の有無がかなり大きいと思います。
話しかけたのに怒られるなど、ネガティブな経験を過去にしてしまったということなら、余計に自分から人に関わりにくい場合もあるでしょう。
苦手意識の軽減方法としては、人との接触経験を増やすのは避けられないことになりますが、最近はAIがあるので、会話のシミュレーションや話し方の相談はしやすくなっているかもしれません。
個人的におすすめなのは、リアルよりもネットで一期一会の相手と話すことですね。
最近では暇つぶしに通話を楽しむアプリもあるみたいですが、陽キャが恐ろしい場合は別の場所で探すこともできます。
例えば、私がやったことがあるのはスカイプの通話募集で適当に喋ることです。(スカイプはもう終了してますけど)
スカイプが終了する前は、スカイプちゃんねるといった陰キャの掃き溜め・・・ではなく、気軽にアプリ通話の相手を募集できる場がありました。
(現在は代替としてディスコードちゃんねるがあるみたいです)
私も引く陰キャからバケモン、その他様々な属性の人間が玉石混交にエンカウント・・・いる場なので、良い意味で普通でいることの価値観とか重要性が壊れると思います。
まあ掃き溜め・・・一期一会に近い感じなので、会話に失敗してもそんなにダメージないはずです。
通話の数をこなすと、気の合う人が出てくることもあります。
(私は自称物書きのお爺と謎に意気投合して長い間喋り相手でした。本を自費出版するなどして生計を立てているということだったけど、まだ生きてるのかな)
現代では人嫌いでも無口でもお一人様でも生きていけますが、就職前提で考えると悩みになりやすいんだろうなとは思います。
ただ、AIが使える今の時代から考えると、就職だけが本当に生きる手段なのかは、そろそろ色んな意味で問い直した方がいいような気がしています。
掃き溜めは個人の感想です。
ということで、「変なことを言って怒られたらどうしよう」と考えるのがなぜ無駄なのかという話を最後にします。
以前にも触れましたが、一人でいたいという悩みの裏側には、「でも一人でいるのは正しくないし、普通じゃない」という悩みが隠れています。
そして正しくないと感じるのは、脳には安全ブレーキがあるからだということを話しました。
なお、質問を真剣に考えて開いたとき、何も考えずに開いたときとでは、回答を見たときに自分が理解することに差がでます。
考えてから読んだ方が回答との突き合わせができるので、自分の考えを深めやすいです。
100%変だと思われないようにする方法があるとしたら、それは世界中のすべての人の価値観に合わせるということを意味します。
「変だと思われたらどうしよう」と悩むのは、「いつ・どこでも雨に濡れたくないから、世界中の空に屋根をつけて回りたい」と考えているようなものです。
そもそも人間はその場の空気を読んだり、和を乱さない発言をしたりするようにできています。
(例えば、日本では「右に倣え」「長いものには巻かれろ」という言葉がありますね)
海外ではどうかわかりませんが、人は自分の発言が周りにどう影響するかは無意識に予測するものだと思います。
記事冒頭でも触れましたが、「変なことを言って怒られたらどうしよう」とは「変だと思われない発言がある」と無意識に思っているということであり、その発想は人間の性質から考えるとかなりテンプレで普通です。
普通じゃないと悩んでいても普通です。
仮に変だと思われない発言ができたとしても、今いる環境では変だと思われないだけで、場所を変えると変人扱いされる可能性は残ります。
陽キャの常識は陰キャの非常識で逆もまた同じです。
どこかに染まれば色がつきますし、朱に交われば赤くなります。
名指しされないとしても、自分は誰かにとって潜在的には変であることは避けられないということです。
もしかしたら無人島や離島などの特定の地域でしか生活しない場合は、変ではない人でいられるかもしれませんね。
ですが、それは他人に比較される機会がないから「自分は変ではない」ということを実感してるに過ぎません。
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
人は周りの影響から逃れられないため、周りにいる人と似たような人生を送ることになります。
それでもあなたは納得できる人生だと断言できますか?
私はこれまでに人間の行動原理や脳の仕組みの記事を書き続けてきました。
それら記事は全て、『永遠の人生の夏休みの実現』というゴールに繋がっています。
以下は関連記事全体を地図としてまとめたロードマップ記事です。
「自分の人生、どこかしっくりこない」と思っているなら、騙されたと思って一緒に初めの一歩を踏み出してみませんか?
永遠の夏休みな人生に至る法則シリーズの記事では、次の一歩に役立つ「思考のヒント」を散りばめています。
社会不適合界隈の歩き方
普通という基準で動く世界が一般社会界隈だとしたら、普通ではないという基準で動くのが不適合界隈です(詳細はこちら)。
社会不適合な私が、怪しいと思いながらも見つけた推せる箱でもあります。
生き方の選択肢としてそういう世界を知っておいて損はないと思います。
永遠の夏休みな人生を実現するために重要な考え方や技術、ノウハウがある界隈でもあります。
もし人生夏休み化や不適合界隈の価値観が合わないと言うなら、実は本音では「私は普通の人でいたい」ってことかもしれません。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
- プチ永遠の夏休みを実現してわかったこと:
- 生きづらさは後天的なものという話:
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