人は同じような失敗を繰り返すことがあります。
例えば、忘れ物は誰でも1回はやったことがある失敗ではないでしょうか。
個人の単位で起きることは、歴史という時間スケールで見ても似たような現象を見つけることができます。
そういうとき「歴史は繰り返す」という風に言われやすいです。
ただ、ここでいう歴史とは同じ時代を繰り返すことなのか、人間の行動が同じような過ちを犯してしまうということなのか・・・部分に違和感を持つケースもあるようです。
歴史は繰り返すとはどういう意味か
※以下は、よく見られる相談内容を再構成した例です。
「歴史は繰り返す」という言葉について、ここでの「歴史」とは具体的に何を指すのでしょうか?
単なる時代の流れなのか、それとも人間の行動そのものなのか気になっています。
また、この言葉の本質は「人間は愚かであり、同じ過ちを繰り返す」という皮肉に近い意味なのでしょうか。
なぜ人は過去から学ばず、感情で動いてしまうのか、その理由や言葉の真意を詳しく知りたいです。
「歴史は繰り返す」の「歴史」とは、時代の流れか、人間の行動自体なのか?という疑問を持ったことはあるでしょうか。
上記の疑問があるとしたら、時代が人間にそうさせてるのか、人間がなぜか無意識に過ちを繰り返してしまうのか、という問いがあるのかもしれません。
この疑問を簡単に整理してみましょう。
まず時代と人間の行動は別々に切り離して考えられるものでしょうか?
そしてここで言う歴史は、二つのうちどちらかだけに関係しているのでしょうか?
まず時代というものをざっくり分解すると構成部品として、人間の経済的・文化的活動があります。
そしてそれらの活動は、人の意思決定や行動の積み重ねがあって成立しています。
時代という雰囲気が人間に従属しているとしたら、歴史とは時代の流れのことを指すように感じるかもしれません。
ですが、時代とは、時代の中に生きる人間がいなければ成立しないものでもあります。
そのあたりを考えてみると答えは出ると思います。
歴史は本当に繰り返しているのか
まったく同じ出来事がそのまま再現されているわけではありません。
歴史とは人が行動し、生活してきた痕跡が積み重なったものです。
その痕跡として道具や本、歌、物語、知識、技術などがあります。
そして、人が考えたものは必ず引用されたりインスパイアされたりするものです。
例えば、子供は親の要素を受け継ぎますし、弟子は師の技を継承します。
偉人の言葉や哲学書、有名な芸術作品なども古いものですが、現代の人の考え方に影響を与えています。
歴史の出来事そのものも、人間というものを考える材料として参考にされることがあります。
人は他人の痕跡を見るものだと思えば、歴史が繰り返される理由も何となく見えるのではないでしょうか。
なぜ同じような出来事が起きるように見えるのか
妙な一致を見つけると、偶然にしては出来すぎているように見えることもありますね。
時代を劇に例えてみるとわかりやすいかもしれません。
劇をつくっているのは役を演じているそれぞれの人間ですが、脚本や演出を考えているのもまた人間です。
そして劇には観客がおり、役には台本があります。
人のコミュニケーションや行動は目的を持って行われるものであり、決まった状況に対しては最適化される傾向があります。
例えば、挨拶という文化、あるいはコミュニケーションはいつどこの時代・どこの地域でも見られると思います。
先程の劇であれば、ストーリーには起承転結といった型がありますし、演出も観客に対して効果の狙って行われるものです。
さらに抽象的にまとめれば時代の中には社会があって、社会の中には多くの個人がいます。
魚の群れは大きい魚影をつくりますが、時代と個人は群れと魚影のような関係かもしれません。
歴史は繰り返すの類似テーマとして以下の記事もあります。
各時代(魚影)と個人(魚)を繋いできた各時代の科学知識の更新周期をテーマにしています。
(本記事と異なり、ChatGPTとの対話形式となります)
歴史が繰り返されているように見える具体例
歴史は繰り返すと言われるとき、具体的にどんな例があるのか気になる人も多いと思います。
分かりやすい具体例として、戦争は連想しやすいのではないでしょうか。
今と昔で同じ戦争が起きるわけではありませんが、起こる筋書きが似ることはあります。
また、同じ国も同じ人物も存在しませんが、栄枯盛衰や果たす役割が似ることはあります。
例えば、現代の先進国の盛衰は、ローマ時代の盛衰と似ていると言われることがあります。
技術分野においては、昔はカセットテープやレコード、iPodなどが流行りましたが、今はスマートフォンで音楽が聞けるので誰も使わなくなりました。
しかし、デジタル化が進んだ現代では、レトロさが逆に新鮮に捉えられているようです。
ファッションも同様に、昔流行ったスタイルが現代風にリバイバルすることもあります。
近年では服に限らず、様々なところで昭和レトロや平成っぽさを感じさせるアイテムが流行っています。
社会現象で言うと、バブル崩壊があります。
有名なリーマンショック以外にも昔から歴史的に何度も繰り返しています。
「ローマ帝国 滅亡 少子化」「レトロブーム」「バブル崩壊」「ファッション リバイバル」
なぜ人間は歴史から学べないのか
>この言葉の本質は「人間は愚かであり、同じ過ちを繰り返す」という皮肉に近い意味なのでしょうか。
先程のよくある疑問の引用
歴史は繰り返すという言葉は、ネガティブな意味で使われることが多いように思います。
過去にも同じようなことがあった・・・として、歴史の出来事を引用する使い方をするのが多いんじゃないでしょうか。
そういう意味では動物に対して賢い人類、発展や進歩に対しての皮肉という意味で考えても良さそうです。
>なぜ人は過去から学ばず、感情で動いてしまうのか、その理由や言葉の真意を詳しく知りたいです。
冒頭のよくある疑問の引用
誰でも昔やらかした失敗があると思います。
いま失敗を振り返ってみて、どれだけ乗り越えられていると自分で思いますか?
乗り越えられている部分もあれば、同じような失敗をどうしてもしてしまうこともあると思います。
それと同じで人類の歴史も同じ失敗をしますが、全く学んでないということはないはずです。
当ブログの格差の構造シリーズでも、以下の記事のように過去に多様な角度で「なぜ同じ失敗をしてしまうのか」という疑問につながるテーマを取り上げてきています。
「なぜ感情で動いてしまうのか?」という疑問は、その裏に理性的に考えられるなら失敗を繰り返さないはずだという前提があると考えられます。
しかし、先程も聞きましたが、昔やらかした失敗を思い返してみてください。
人間が完全に理性的にできていたとしたら、そんな失敗をしないと思いませんか?
「歴史は繰り返す」はどこまで当てはまるのか
歴史は繰り返されるという言葉が残っていることを考えれば、これからも悪い歴史は繰り返されていくかもしれません。
昔の出来事と今起きていることが重なって、過去の再現のように見える瞬間もあるでしょう。
だからと言って、過度に不安になる必要はありません。
まず昔と今では技術や社会状況などの条件が異なります。
また、昔は統治者の言うことを聞くのが普通で、情報統制などすれば民衆をコントロールするのが簡単だったでしょう。
それに比べて現代はインターネットが使えますし、個の多様化が進んでいる時代です。
色んな情報との比較が簡単な環境がある中、一つのものの見方を強制して統制するというのは難しい時代だと思います。
ただ、環境は変わっても人間自体は変わってないので、同じ流れが再現されれば歴史が繰り返される余地は残っています。
なぜ歴史が繰り返される余地が残るのかについては、人が無意識に行動を繰り返してしまう仕組みと関係があります。以下の記事では新設や優しさを例にして掘り下げています。
(ChatGPTとの対話形式となります)
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
多くの悩みの背景には、周りに振り回される自分への不快感やどうにもならなさがあります。
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