私たち人間という生物は社会的動物とも呼ばれており、群れをつくって社会を築いて生活してきた歴史があります。
そのため、本能的に群れから追い出されないような行動を取るようにできています。
現代は資本主義の理屈で世界が動いており、その群れの中に居たいという人間の習性を上手く利用して人を動かせる人が、資本主義の物差しにおける格差の上の方に行ける構造があります。
(もちろんそれだけで格差を全て説明できるわけではありませんが)
私たちが生きづらさを感じることがあるのは、多くの人を動かしたい都合のある人たちが、メディアを通して人々の本能的な恐怖心や不安、欲望を刺激してるからかもしれません。
だとしたら、生きづらさというのも人工的に煽られている側面があり、それに気づいた人から影響を受けない生き方にシフトしていく方が気楽に生きられるのではないでしょうか。
生きづらさを抱える人によくある悩みの例
毎日仕事と家の往復で、将来に希望も持てず、ただ周囲との比較や格差ばかりが目に入ります。
肝心なところで努力から逃げてしまう「真面目系クズ」な自分に、猛烈な自己嫌悪を感じて消えたくなります。
周りは目的を持って動いているのに、自分だけが取り残されているような停滞感があります。特別な不幸があるわけではないのに、なぜこんなに生きるのがしんどいのか分かりません。
生きづらさは人工的に作られている?
例えば、就活で自分の強みや弱みを考えることがありますが、自分がどういうときに不安になりやすい人間なのかよく知ることが重要です。
優秀なマーケターや権力者はその心理を見抜いて動かそうとしてくるからです。
(そういう知識はないけど、感覚や経験で無意識にしている場合もあります)
期間限定の商品と言われると、多くの人が特に必要ではないけど何となく買う気になってしまうように、人にはある状況が提示されると特定の行動を取りやすい傾向があります。
(それを利用した販促活動がいわゆるマーケティング)
同じように人の反応が取りやすいストーリー構成というのも存在し、政治家の活動やテレビの番組・CM、WEB界の歌舞伎町などでそういうテクニックが用いられています。
こういった背景を踏まえて、生きづらさというのを分解してみると、例えば
- 孤独は不幸
- 夢がない人間よりある人間の方が素敵
- 社会に適応できないやつは悪
といった不安や葛藤が生じる場合があります。
でもこれは、誰かの息がかかったマーケティングやストーリーから発せられる暗黙のメッセージの影響を受けて形成された感情かもしれません。
身近なメディアと言えばSNSやテレビがありますが、そこから刷り込まれた価値観を無意識に、悪意なく内面化している人たちがほとんどです。
そのため、メディアの価値観を他者が無意識に代弁する構造ができます。
そして、そのメディアを信じている悪意のない他者の意見を聞いて、生きづらさを自分の責任だと思ってしまうというのが人工的な生きづらさというものです。
人工的な生きづらさの影響を避けるにはどうするのか
テレビはまだ大きな影響力があるメディアですし、スマートフォン、WEBを使うのが当たり前の現代では、そういう誰かの意図がない情報に触れることは避けられません。
一般的なメディアの傾向としては、基本的に特に理由がなければ世間一般の常識や価値観を肯定する内容になります。
一般的な価値観に染まれない場合は、そういった一般的なメディアを見るたびに摩擦を感じて、生きづらさとして言語化されやすいです。
ここで重要なのは、情報から受ける影響やコントロールを避けることではなく、影響を理解することとと、できれば自分も情報を自分で使える側に回ることです。
影響を理解するだけでも、摩擦を感じきる前にページを閉じるなどして、影響をシャットアウトできるようにはなります。
さらに、なぜ使える側に回った方がいいのかというと、単純に仕掛けを完全に分かってる方が生きづらいという反応の強い耐性がつきやすいです。
お化け屋敷で例えると、仕掛けを知らない入場者側は怖いですが、仕掛人側だと全然怖くないのと似てるかもしれません。
もう一つの理由としては、富める者やマーケター、WEB界の歌舞伎町の仕掛けを前にしても冷静な判断ができると同時に、彼らと同じ技を使ったり、物の見方ができたりするようになります。
(資本主義における格差の上位側に近づくスキルが身につくということです)
そこまでのスキルは求めてないかもしれませんが、一般社会界隈が生きづらいという場合に不適合界隈で適応するために必要なスキルになります。
※一般社会界隈とは、要するに一般常識で動く普通の人の世界です。
情報をどう見せるか・聞かせるかというのは、人間であれば大なり小なり編集して話すものなので、その行為を悪とみなして禁じることはできません。
また、情報の操作というのは誰でも無意識にやってるものです。
例えば、友人に今日の出来事を面白おかしく脚色して話すこともあれば、職場の上司に全体のうち要点だけ伝えることもあるはずです。
情報をどう捉えるか・どう使うかというのは身近な問題であり、個人の境遇に差をつけるものでもあります。
そして、情報の影響に対して無防備であれば、もともとは存在しなかったけど、生きづらいという形で悩みを抱えやすくなります
もしすでに悩んでいるのであれば、そういう仕掛けがあることを自覚しておくことはかなり大事なことです。
一般社会界隈と不適合界隈に一旦片足ずつ突っ込んで、上手く生きられる方で生きていこうぜという話はこちらでしています。
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
多くの悩みの背景には、周りに振り回される自分への不快感やどうにもならなさがあります。
私たちが生活のどこかで周りに振り回されたり、生きづらさを感じるのは、自分の人生のハンドルをいつの間にか誰かに握らせるのが当たり前になるからです。
「世間体」や「空気」といった見えないルールに縛り付けられ、いつの間にか自分の本音で世界を見ることを忘れてしまったような気がしませんか?
私はその状態を「認知の檻」と呼んでいます。
認知の檻の中にいる限り、どれだけ必死に頑張っても、他人のルールで踊らされ、人生を振り回される消耗戦からは抜け出せません。義務教育のように社会や誰かから教わる機会も平等にはありません。
以下のロードマップでは、こういった窮屈な日常の「裏側の仕組み」を暴き、自分の人生を自分の手に取り戻すための「思考のヒント」を整理しています。
並んでいる記事の中に、あなたの今の不快感を解き明かす「答えの断片」が必ず隠されているはずです。
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