※以下は、よく見られる相談内容を再構成した一例です
コミュニケーションを学んでいるのに疲れるのはなぜでしょう?
最近、コミュニケーションに関する本を何冊か読み、そこに書かれている「好かれる話し方」や「伝わる話し方」を意識して実践しています。
会議では結論から話し、雑談では相手の目を見てうなずき、適切なタイミングで相槌を打つように心がけてます。
本で読んで覚えたテクニックを使い、自然に会話できるようにチェックリストのように一つずつ試して埋めていくような感じです。
ですが、学んだテクニックを実践すればするほど、やることに意識が向くので、相手の話が頭に入ってこなくなっているような気がします。
会話が終わった後は、面接試験が終わったみたいな疲労感だけがどっと残り、「さっきの反応が悪かったのは、さっきのあの言い方が不自然だったからかもしれない・・・」と、一人で反省会を始めてしまいます。
周りの人はもっと楽そうに、流れるように言葉を交わしているのに、自分だけ会話の正解、100点満点を探しながら頑張って話しているような気がして、居心地の悪さがあります。
それに会話後に疲労感があるので、話すのが段々面倒くさく感じるようになってきました。
知識が増えているはずなのに、正しい振る舞いを意識すればするほど、誰かと普通に話すことが以前より難しいことのように感じます。
私はコミュニケーション力のセンスがないのでしょうか。
他にもコミュニケーションを学んだのに
- がんばって傾聴したり共感したりして、相手は楽しそうだけど自分は消耗していく
- 察することを求められても、どう察したらいいのかわからない
- コミュ力を意識しすぎて自然体の自分とギャップがある
- 相手に演技してる印象や違和感を与えてしまう
といった壁に当たる人もいます。
それを繰り返して、どこかで「上手くやっているはずなのに疲れる」「動やったら自然にできるのか」と感じることはないでしょうか。
正しく振る舞おうとするほど疲れてしまう理由
コミュニケーションの基本としてよくあるのが
「まずは受け止める」
「否定しない」
「共感を示す」
「傾聴する」
「相手に話してもらうこと」
といった方法ではないでしょうか。
実際に学んだ通りに実践した結果、良い感触が得られた人もいるでしょうし、やってるのに相手の反応がイマイチで微妙な空気になってしまう人もいるでしょう。
会話が終わるとどっと疲れませんか?
それは、スキルが間違っているからなのでしょうか。
もしかしたら意識的・無意識的に「うまくやろう」と考えているのが、心のどこかで負担になっているのかもしれません。
傾聴や共感を意識してもうまくいかないのはなぜか
例えば、同じ言葉を使っても相手との距離が縮まるとき、そうでないときがあります。
- Aさんと話したときは上手く行っても、Bさんは反応がちょっと薄い
- ちゃんと相手の話を最後まで聞いて、うなずいて、質問も返しているのに、相手が他の人と話してるときのほうが楽しそうに見える
- 何回か話してるのにいつも温度感が微妙
- 雑談のネタも事前にメモして練習までしているのに、いざ本番では頭が白くなって何も言えなくて後悔する
- 何か言わなきゃと思って余計な一言を足す
- LINEのメッセージで既読タイミングや文の長さを何度も見直して送ってるけど、返事がちょっとそっけない・短文で返ってきたときに「またやらかしたかな…」とネガティブに考え込んでしまう
- 相手の反応を探りすぎて不自然になる
- 初対面や知り合って浅い相手と話すとき、初めは良くても話す内容がなくなってきて段々と気まずい空気になる
といったことです。
本で学んだ通り、あるいは自分なりに普通の範囲で丁寧に接しているはずなのに、なぜか相手と壁が残った経験はないでしょうか。
その違いは、単純な「話し方」「技術」の問題だけでは説明できない場合があります。
心理学やコミュケーション術というのは、多くの人に当てはまるように体系化・一般化しているため、知らないよりはもちろん知っていた方が役に立つ場面があると思います。
ですが、生身のコミュニケーションでは、自分も相手も頭の予測や想像でその場の間を補完しています。
暗記テストや数学の公式のように当てはめようとしても、無理がある場面が出てくることもあります。
関係を良くしようとすると空回りするのはなぜか
「もっと良くしよう」「ちゃんと伝えよう」
「誤解を解けばなんとかなる」
それで上手く行けばいいですが、そう思うほど空気が重くなったり、焦って変なことを言ったり、逆に誤解が増えて伝わらなかったりしませんか?
努力はしているし、工夫もしているけどコミュニケーションが空回りするという場合、何を伝えるか以前の部分を見つめ直す必要があるかもしれません。
コミュニケーションではどう伝えるか・どう振る舞うかが重要ですが、それ以前にコミュニケーションの構造を見ているかが影響している可能性があるためです。
特に気をつけていてもなぜか同じような関係性に戻ってしまう、同じ人間関係のトラブルを繰り返すという場合、話し方やその内容より前の部分に注目した方がいい場合があります。
スキル以前にある前提の問題
多くの場合、コミュニケーションを鍛えるためにスキルを学ぼうとすると思います。
それで上手くいく人はもちろんいますが、同じスキルを学んでも上手くいかない人もいます。
同じことを学んで結果が違う場合、自分ができそうな違うスキルを学ぼうとするかもしれません。
しかし、違うスキルよりも必要なのは、スキル以前の前提や見方という視点ではないでしょうか。
何かが「足りない」から上手く行かないのではなく、上手くいきにくい視点・見方に固定されているという可能性です。
同じパターンが繰り返されるとき
コミュニケーションを学んでも、なぜ上手く行かないのか、似たような関係に行き着くのか、頑張るほど消耗していくのか。
それを「性格」や「努力不足」で説明し続けるのは、本当に妥当なのでしょうか。
もし違和感があるなら、その違和感自体を、もう少し丁寧に観察してみる余地があります。
この違和感をもう少し整理した記事があります。
構造という視点から見直してみたい方は、そちらも参考になるかもしれません。

