家族の絆とか美しく語られがちですが、現実はそうではないことも少なくありません。
殺人事件などは親族間で起きている割合が多いと言われることがありますが、令和5年版犯罪白書を見ればまだその傾向は残っています。
(参考:令和5年版犯罪白書 第6編 犯罪被害者P286「https://www.moj.go.jp/housouken/housouken03_00127.html」)
家族にストレスや苦痛を感じるという悩みも調べると出てきます。
理想としては確かに家族や他の誰とも仲良くできるのが一番いいですが、現実はそうではありません。
親と一緒にいると、なぜか息が詰まるほど疲れてしまいます。家族なのに一緒にいるだけでしんどいと感じるのは、やはり自分がおかしいのでしょうか。
特に何かあったわけではなくても、同じ空間にいるだけで精神的に消耗してしまい、正直つらいです。
母と話した後に、いつも妙な疲労感が残ります。昔から会話が噛み合わず、話が通じなさすぎてストレスが溜まるばかりです。
仕事で疲れて帰宅した後も一方的にお喋りが続くので、自室でしか休めません。親子でこれほど摩耗するのは普通のことですか。
親や家族なら無条件に人間関係が良好でなければいけない、と思っている人もいるかもしれません。
親の言うことは聞くものだと思ってるかもしれませんし、期待に答えられない自分に罪悪感を持ってるかもしれません。
しかし、冒頭でも触れたように殺人事件は親族間で起きている割合が高いです。
血の繋がりはあっても完全にわかり合うことはできません。
例えば、私の家庭は共感や情という面では優れているというか、温かさはあります。
ですが、他人として違いを尊重すること、自分の行為・発言が客観的に見てどう判断されるかという理性的な部分は無頓着なところがあります。
私はその家庭内でも、主観と客観の視点をバランス良く考えられたので、余計に親の判断力に疑問を持つことがありました。
世間の思う、家族の絆が強い家庭のイメージ=共感性があるということなら、私の家庭はそれなりに当てはまると思いますし、外から見ればおそらく良好な関係のように見えると思います。
しかし、そのような絆のありそうな家庭でも、違いの尊重という部分では問題を抱えている可能性があるということです。(もちろんこれはただの一例に過ぎません)
また、親も人間なので、子どもの将来のためになる育て方ができないことがあります。
過干渉や行動のコントロールなど子どものパフォーマンスを下げることを自分の善意でやってる場合もありますし、その構造の中にいる子どもは、自分の能力を人よりも発揮できない可能性があります。
結果的に、親の期待に応えられないことや周りとの違いで悩むかもしれませんが、親や家族がアテにならない思うなら、悩むのではなく割り切って対応する方がよいです。
人は周りにいる人の影響を受けて、どんどん染まっていきます。
家族から受ける影響が悪いものなら、そこに情や優しさを持ち込んで同じように共感していてはいけないということです。
距離を取るのが良いですが、できないなら自分が影響を受けたいと思う人の情報に触れるようにしてください。
親をなんとかしようとして共倒れになるぐらいなら、自分の人生に集中して自立し、成長した姿を見せる方が結果的に家族も安心できるかもしれません。
そうでなかったとしても親の人生は親のものであり、子の人生は子のものです。最終的に自分が向き合うべき問題というのは、他人が処理したとしても本当の意味で解決することはありません。
あなたが代わりに家族の問題を解決したとしても、親や他の家族本人が変わらなければ似た問題にハマり続けます。
どうしても罪悪感があって家族に何かしてあげたいなら、呪いを受けない自分にレベルアップしてから考えても遅くはないと思います。
【余談】
あと(別ページで紹介してる)教材の先生も良く言えば厳しい親、今風に悪く言えば毒親育ちみたいな感じだったらしく、常識ではありえない家族観を持っています。
興味があれば聞いてみてください
一部個別記事(人と関わらない生き方がしたいなら二足の界隈のわらじを履こうなど)の下部に掲載している「不適合界隈の歩き方」でこちらのラジオをすすめていますが、放送回が多いのでどれがいいか分からないかもしれません。
再生リストで流し聞きがおすすめですが、上記の回はラジオの中でも結構先生の思想が強めに出てたと思います。
タイトルのサンクコストとは、長期的にモノや関係にお金や時間、労力を費やした結果、損切りしにくくなる(捨てられなくなる)心理的効果・認知バイアスのことです。
要するに家族関係って維持すればするほど、縁を切るに切れなくなってズルズル行きがちだから早めに切った方がいいよねって話(だったかな?)
常識的な世界に住んでいてはなかなか聞けない意見だと思います。
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
多くの悩みの背景には、周りに振り回される自分への不快感やどうにもならなさがあります。
私たちが生活のどこかで周りに振り回されたり、生きづらさを感じるのは、自分の人生のハンドルをいつの間にか誰かに握らせるのが当たり前になるからです。
「世間体」や「空気」といった見えないルールに縛り付けられ、いつの間にか自分の本音で世界を見ることを忘れてしまったような気がしませんか?
私はその状態を「認知の檻」と呼んでいます。
認知の檻の中にいる限り、どれだけ必死に頑張っても、他人のルールで踊らされ、人生を振り回される消耗戦からは抜け出せません。義務教育のように社会や誰かから教わる機会も平等にはありません。
以下のロードマップでは、こういった窮屈な日常の「裏側の仕組み」を暴き、自分の人生を自分の手に取り戻すための「思考のヒント」を整理しています。
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