現実には2つの世界があります。
ひとつは、一般的に何となく合意されている常識・価値基準の世界
もう一つは、それ以外の異世界です。
陰と陽のように、世の中は資本主義社会でベースの考え方として科学的思考がある・・・といった、全員が共有している常識があるからこそ、それ以外の世界観が鮮やかに分かり、良いとか悪いとかを感じられるわけです。
上記二つをこのブログの造語で呼ぶとしたら
- 普通という価値観を信じる人が生活する世界=一般社会界隈
- 普通に不適しない世界・異なる法則で現実を理解する世界=異世界
というふうに呼べると思います。
一般社会界隈という普通の人の世界の良い所でもあるが悪い所とは
言うまでもないんですが、一般社会界隈の良いところであり、悪いところでもあるのが、普通という価値基準で評価されるところです。
普通の中身とは
国が期待する国民像だったり、学校が期待する生徒像だったり、企業が期待する社員像、あるいは消費者像だったり、親が期待する子ども像だったり、家族が期待する血縁関係像だったりします。
- 専門知識を持つ者、上に立つものの言うことをよく聞き
- 期待通りの役割を意図的か無意識に演じ
- お互いを困らせないことで自分の立場を安定させる
そのための基準がよく言われる「普通」です。
必要とされる結果が決まっていて、答えがある・決まってる世界とも言えます。
自分が普通の人としていられる環境にいるなら、周りと同じという安心感は得られるのが良い所です。
しかし逆に言えば、周りと同じでなければ自分は不安であるということでもあります。
現実で認識できる異世界とはそもそも何なのか
異世界はどこにあるのか
異世界と聞くと、外部にあるAからBという場所に移動することをイメージするかもしれません。
時代が進めば、地球から出て宇宙の惑星に住むとかあるかもしれません。
それは物理的な座標を移動することを異世界だと定義していると考えてよいでしょう。
物理座標の移動以外で異世界に移動する方法はあります。
例えば、子どもの頃はピーマンといった苦手な食べ物があったり、寺とか神社とか全然興味が持てないものが一つやふたつあったと思います。
大人になってからは味覚が変わったり、趣味が大きく変わったりした経験をしたことはないでしょうか。
こういった認知・解釈を別の座標に移動することもまた異世界と呼べるのではないでしょうか。
人の世界はみんな異世界に住んでいる
趣味の一致する人、好きな食べ物が同じな人は探せばいると思います。
しかし、本当に同じ意味・同じ理由で好んでいるとは限りません。
例えば、コーヒーが好きな人がいるとして
コーヒー牛乳だけが好きな人
ブラックコーヒーが好きな人
砂糖を入れたコーヒーが飲みやすい人
様々な好みが考えられます。
同じ飲み物を飲んでも人によって経験することが異なるからです。
同様に、同じ国、同じ資本主義社会に生きていて貧しい人と裕福な人という格差が生じます。
同じ現実、同じ社会、同じ情報を見て生きていても、人によって経験が異なるからです。
その経験の違いを格差と呼ぶなら、人は意識的・無意識的、あるいは肌感覚で、自分と他人との間にある人間関係やスキルの格差を理解しています。
そのため、私たちが推しを求めたり、本を読んだりするのは、他者の異世界を覗いて人との差を埋めたいという衝動的な欲求を満たしたいからではないでしょうか。
推し活するのは繋がりを感じたいからかもしれません。
実用書を読んだりするのは、それ自体が楽しい場合もあるでしょうが、スキルの差が埋まる・知った気になることでどこか安心できるからではないでしょうか。
異世界転生ものが流行るのは格差が埋まった気になれるから
面白い漫画やアニメは、感情移入しながら読むことが多いと思います。
紙やディスプレイに映ったキャラクターに共感したり、展開に見入ったりしているわけですね。
それはつまり読者は、作品とは無関係な現実という空間にいる第三者として、物語を見守っている立場で読んでいる人とも言い換えられます。
ここで異世界転生ものが、一体何の格差が埋めているのかという話に戻します。
主人公や一番共感できる登場人物に多少なり感情移入しながら読んでいる=そういう立場にちょっと憧れを感じてしまう要素があるのではないでしょうか。
例えばジャンプの主人公は大体、仲間を見捨てないし、向上心があって良いヤツですよね。
ジョジョのDIOみたいな悪役は嫌なやつですが、同時にカリスマを感じたりするものです。
これって自分が本当はなりたいセルフイメージの格差を漫画やアニメを見ることで補っていると考えられませんか?
異世界転生ものが流行る理由はひとつに絞れないとは思いますが
- 手っ取り早く現実逃避できる
- タイパ嗜好の反映
- 失敗したくない心理の表れ
- 自分以外の優れた誰かになりたい
とか、色々あるのかもしれませんね。
ノンフィクション(現実)の異世界転生はあり得るのか
結論から言うとありえますし、結構身近です。
前述したように、フィクションがセルフイメージの格差を埋める手段になっていると言いました。
芸能人やアイドルを人が求める理由は、セルフイメージの格差を埋めたいからです。
繋がりがあることで将来の不安や寂しさ、満たされなさが解消されます。
それらを埋めてくれる対象が人によって異なるだけです。
昔だったら軍人や殿様、村長、宗教などが担っていたのかもしれません。
私の場合は、自分の境遇と比較して最もかけ離れた生活をしている世界を見せてくれたWEBビジネス、あるいは情報商材、情報起業という世界だっただけです。
私に最も足りなかったのは主にお金の自由と人として自立する知識と手段でした。
実在する芸能人に多くの人が憧れるように、ただ私は常識外れではあるが現実的に人生を自由にデザインする手段が存在する異世界に憧れました。
常識という法則で動く普通の世界では自由が非常識なように、自由を実現するという常識外れの異世界に行くには、その異世界を成り立たせる法則・常識を知らねばなりません。
(ちなみに語り手が経験していない異世界を語っている場合は非現実的と呼びます)
お金とは異世界転生の対価だとしたら、それが人から見て安くても高くても支払う当人にはあまり関係がないものです。
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
人は周りの影響から逃れられないため、周りにいる人と似たような人生を送ることになります。
それでもあなたは納得できる人生だと断言できますか?
私はこれまでに人間の行動原理や脳の仕組みの記事を書き続けてきました。
それら記事は全て、『永遠の人生の夏休みの実現』というゴールに繋がっています。
以下は関連記事全体を地図としてまとめたロードマップ記事です。
「自分の人生、どこかしっくりこない」と思っているなら、騙されたと思って一緒に初めの一歩を踏み出してみませんか?
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