親切にしても返ってこないのは相手が受け取りにくい善意だから

教えてChatGPT!&格差の構造

一般的には特に理由がなければ、人には親切に対応することが多いと思います。

道を尋ねられたら知ってる範囲で教えようと思うでしょうし、観光に来た外国人が日本人の対応に感動したという話も聞いたことがあるかもしれません。

有事のときや急いでいるときなど、状況次第では親切にできないこともあるでしょうが、特に平和なこのご時世では、人に親切にしようと思う人の方が多いと考えられます。

ただその反面、相手に何か返してもらうことを期待してしまう人も少なくありません。

ありがちな悩みの例

最近、人に親切にするのがバカバカしくなってしまいました。困っている同僚を助けたり、友人の愚痴を何時間も聞いたりしてきたんですけど、結局相手からは何も返ってこないんですよね。

むしろ「やってくれて当然」みたいな態度をされることも多くて、自分だけが一方的に搾取されているような気がして。善意で動けば動くほど、自分がすり減っていくだけな気がして、もう誰に対しても優しくしたくないなって思っちゃっています。

※よく見られる相談内容を再構成した例です。

これまでにも、今回の「親切にしても返ってこない」という悩み以外に、損な役回り、気がつく人ほど損するという悩みを扱ってきました。

言葉は違っても、「こんなにやってるのに返ってこなくて損」ということに悩んでいる人は多いように見えます。

良くしたから何か返ってくるのが道理みたいな感じなんですよね。なのに、「やってくれて当然」とは何事かと思ってしまうんです。

優しく親切にするのは良いことのはずです。相手も喜んでいるに違いないという予測があるからこそ、「おかしい」「道理に反する」「人としてどうなのか」と思ってしまうわけです。

私もそういうふうに考えていたことがあり、とりあえず相手にとって良くするのが一番いいだろうぐらいに思っていました。

人間の基本的な反応としても、親切にしてもらったら親切を返さなければならないという心理的な傾向はあります。(返報性の原理とも呼ばれています)

ですが、それはあくまで傾向であって、自分が良くした=返ってくるという現象は必然ではありません
厳密にはルールがあると思っている人間同士で成立する暗黙のやり取りです。

良くしたから返ってくる、みたいな道徳的なルールは100%に近い確率で正しいように感じると思います。

しかし、見方を変えると取らぬ狸の皮算用でもあるんですよね。
実現が未確定のことを勝手にそういうつもりであれこれ考えているんです。

> 自分だけが一方的に搾取されているような気がして。善意で動けば動くほど、自分がすり減っていくだけな気がして、もう誰に対しても優しくしたくないなって思っちゃっています。

こういった悩みが出てくる背景を考えると、「良くしてやってるのに何も返ってこないとはけしからん!」という気持ちがどこかにあるからそう思ってしまうのかもしれません。

また、同じ行動を繰り返していると相手の新鮮さがなくなります。

あんなに欲しかった推しのファングッズも、日にちが経てば入手初日ほどの感動がなくなるのと似ています。

同じ行動をする理由を相手に見透かされる場合でも反応が悪くなることがあります。

「親切という見返りを期待してるんだな」と相手に取られてしまうと、善意の行為だったとしても、相手は素直に受け取りにくくなります。素直に感謝しにくいのです。

また、親切を返すというルールを信じてない人からすると、ルールを盾に善意で人の行動を縛る人のようにも見えている可能性があります。
そういう意図はなくてもです。

いつ・どこで・どう返すかは相手次第なのです。
ルールのようにそうあるべきと期待するから、裏切られたように感じて消耗していきます。

親切で消耗したくないなら、相手の返報で完結させるのではなく、自分だけで行為を完結させることです。

どうしても親切を返してくれる人と付き合いたいと思うなら、親切が返ってくるかを人を見る判断基準として考えてみてもいいかもしれません。

類似のテーマとして、優しい人が損をする理由や親切にしてしまう本能的な理由をテーマにした記事もあります。

自分は優しい性格だから、とやりたくて人に親切にしていると思っている人は多いです。しかし、それは本能的な衝動に理由をつけて納得してるだけという見方もあります。
(本記事と異なり、ChatGPTとの対話形式でテーマについて掘り下げた内容になります)

「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために

多くの悩みの背景には、周りに振り回される自分への不快感やどうにもならなさがあります。

私たちが生活のどこかで周りに振り回されたり、生きづらさを感じるのは、自分の人生のハンドルをいつの間にか誰かに握らせるのが当たり前になるからです。

「世間体」や「空気」といった見えないルールに縛り付けられ、いつの間にか自分の本音で世界を見ることを忘れてしまったような気がしませんか?
私はその状態を「認知の檻」と呼んでいます。

認知の檻の中にいる限り、どれだけ必死に頑張っても、他人のルールで踊らされ、人生を振り回される消耗戦からは抜け出せません。義務教育のように社会や誰かから教わる機会も平等にはありません。

以下のロードマップでは、こういった窮屈な日常の「裏側の仕組み」を暴き、自分の人生を自分の手に取り戻すための「思考のヒント」を整理しています。

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