こういう悩みがあります。誰かから常識がないと言われて困っているというものです。
まあでも無い側からすると、「もとから無いんだから仕方ないじゃん」と言いたくなるんですが、そのままだと自分が損をすることが多いですね。
しかし、良く捉えるとしたら人よりも伸びしろがあります。
足りないと言われたジャンルの知識を端から端まで制覇する伸びしろが笑
(常識がないことで悩んでても仕方がないので、伸びしろが途方もない生まれだと思ってください)
普通の人は何となくやれるだけの経験や知識があるので、端から端まで極めてやろうとはあまり思わないものです。
しかし、不適合の私たちは、無知ゆえに本気を出して極めようとすれば、誰よりも伸びしろがあります。
政治や経済、世の中の当たり前の知識が小学生並みに低く、何から学べばいいか分からず絶望しています。ネットで調べてもマナーばかり出てきて、本当に知りたい一般知識に辿り着けません。
周囲とのギャップが恥ずかしく、漠然とした不安でいっぱいです。おすすめの書籍や効率的な学習方法を教えてください。
親から「人としての常識」を教わらずに育ち、社会人になって人との距離感や言葉遣い、暗黙のルールが分からず苦しんでいます。
上司への連絡で失敗して叱られるなど、社会の「普通」が身についていないことが恥ずかしくてたまりません。マナー本以前の、根本的な常識を学び直すにはどうすればよいでしょうか。
相手のことをリスペクトするのは大事かもしれません。
ですが、「常識がない」と言われる大体のケースでは、役割上知ってて当たり前のことをなぜ知らないのか、と相手から言われるので困ってる人がほとんどだと思います。
この「常識がないのか」という言葉の意味を深く考えたことがあるでしょうか。
「自分の認知処理的に不快である、私の能力でも処理できる形式でもってこい」
と、相手は本来言いたいのです。
その時の状況と言ってる人の性格によって違う言葉で翻訳された結果、「常識がない」とか「そんなことも分からないのか」「自分の方が絶対正しい」という言葉に変わります。
だからといって、100%相手が悪くなるわけではありません。
相手に伝わる言葉を使わなくては、お互いのことを理解できないからです。
理解を示さない相手も悪いかもしれませんが、お互い鏡を見てるようなものです。
会社員に社会人としてのマナーを求められるのは、同じ組織内でそれぞれの役割を持つ上司や同僚の認知的処理、情報処理負担を下げるためです。
一番角が立たないやり方があるのに、それをなぜ知らないのか?と言われるわけです。
職場に限らず、何らかの役割で人間関係が動く場では同様の構造・理屈があります。
「なんであんたにそんな問題があるのか知らないけど、とりあえず役割どおりに動けよ」
と文句を言う人がほとんどです。
問題の原因は知らないし、知る気はないけど人は文句は言えます。ただそれだけです。
物事を深く考える人だったら踏みとどまれる人もいますが、大体の人は余計な一言を言うものだと思っておいた方がいいです。
文句を言われるということは役割に染まりきれないか、染まれるほど器用ではないということだと思います。
文句言われないためには、どういう状況で人が何を考えるのかをすべて予測するつもりで現実を見ることです。
例えば、職場の上司に「マナーがなってない」と言われるなら、マナーが身についている人は自分と比べてどう違うのか調べてみてください。
仕事に限らずあらゆる状況のマナー系の本をすべて読んでみてください。
そして人が何をマナーだと思ってるのか全部網羅してみてください。
(本を買えないなら、WEB上でマナー系で権威のある人や人気がある人を見つけてください。そして言ってることを聞いて、人間がなぜマナーを必要としているのか考えてみてください)
文句を言う人は、たまたま知る機会があって何となく身についただけで、他人の問題について分解できるわけではありません。
(自分もそうです。自分が知ってることは相手も知ってて当たり前だろうと思ってしまう傾向が人にはあります)
誰かの理解を待ってても助かりそうにないなら、自分で現実から情報収集して、最適な行動パターンを探っていくしかありません。
実際のところ文句を言う人は問題を分解できないか、面倒くさいから誰かにやってほしいと内心思ってるはずです。
問題の分解力を身に着けて人間の行動パターンさえ分かれば、逆に相手の問題を解決してあげる立場になれるかもしれませんね。
「振り回されっぱなし」の毎日に、終止符を打つために
多くの悩みの背景には、周りに振り回される自分への不快感やどうにもならなさがあります。
私たちが生活のどこかで周りに振り回されたり、生きづらさを感じるのは、自分の人生のハンドルをいつの間にか誰かに握らせるのが当たり前になるからです。
「世間体」や「空気」といった見えないルールに縛り付けられ、いつの間にか自分の本音で世界を見ることを忘れてしまったような気がしませんか?
私はその状態を「認知の檻」と呼んでいます。
認知の檻の中にいる限り、どれだけ必死に頑張っても、他人のルールで踊らされ、人生を振り回される消耗戦からは抜け出せません。義務教育のように社会や誰かから教わる機会も平等にはありません。
以下のロードマップでは、こういった窮屈な日常の「裏側の仕組み」を暴き、自分の人生を自分の手に取り戻すための「思考のヒント」を整理しています。
並んでいる記事の中に、あなたの今の不快感を解き明かす「答えの断片」が必ず隠されているはずです。
まずは、あなたが今どんな罠にかかっているのか、その地図を確認してみてください↓



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