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「この場面は、なぜこんなに印象に残るんだろう?」
アニメを見ていて、ふとしたカットの切り替わりやカメラの動き、流れるような場面転換に目を奪われ、強い余韻を感じたことはないでしょうか。
完成した映像をそのまま見るだけでも、作品の魅力やドラマを十分に楽しむことはできます。
しかし、映像は時間の流れの中で次々と過ぎ去っていくため
「なぜこのタイミングでカットが変わったのか」
「なぜこの構図・このアングルで人物を捉えているのか」
といった細かな描写を一つずつ立ち止まって確認するのは意外と難しいものです。
そこで、好きなアニメをもう一度違う角度から見てみたいときに役立つのが「絵コンテ(ストーリーボード)」です。
絵コンテとは映像制作における設計図にあたるものです。
完成した映像になる前の段階で、どのような画面を作り、どこでカットを切り替え、どのように場面をつないでいくのかといった情報が描かれています。
つまり、完成した映像では流れていってしまうものを、絵コンテなら一度止めて眺めることができます。
ジブリ作品や『エヴァンゲリオン』など、人気アニメの中には絵コンテ(画コンテ)集が刊行されている作品もあります。
絵コンテは制作資料である一方、視聴者にとってはファングッズやコレクションアイテムとして楽しめるものでもあります。
絵コンテを開くと、完成した映像になる前の「映像の設計図」を自分の手元で止めて、細部まで観察することができます。
すでに好きなアニメの絵コンテ集を手元に持っている人なら、ただページを眺めて楽しむだけでなく、完成した作品と照らし合わせて読むことで、何度も見慣れたはずの場面をまったく違う解釈や角度から味わい直すことができます。
では、絵コンテを使ってアニメの演出を読み解くとき、私たちは具体的にどこに注目すればよいのでしょうか。
この記事では、絵コンテから映像演出を観察するときのポイントと、実際に好きな作品を分析していくための7つの手順を詳しく解説していきます。
なぜ絵コンテを見るとアニメの演出を分析しやすいのか?
絵コンテはアニメ制作の現場において、監督や演出家がスタッフ全員に向けて「どのような映像を作るのか」を伝えるための設計書です。
普段何気なく見ている完成映像の裏側にある意図を掴むために、なぜ絵コンテがこれほど有効な観察材料になるのか、その理由を3つの側面から整理してみましょう。
完成映像は「流れていく」が絵コンテは「止めて見られる」
私たちがアニメを鑑賞するとき、映像は常に一定のテンポで前へ前へと流れていきます。
映像のスピード感や心地よいリズムは視聴体験としての感情・快感を生み出しますが、その一方で「視聴者の意識を演出の仕掛けに留まらせない」という性質も持っています。
演出が自然に機能しているほど、視聴者は「なぜ自分が感動したのか」「なぜ急に緊張感を覚えたのか」という技術的な仕掛けを意識しないまま、作品に引き込まれていくのです。
これに対して、絵コンテは各カットを止めた状態で観察できるという特徴があります。
どんな指示を記載するかは書く人次第ですが、例としては
- 1カットに何秒(あるいは何コマ)割り当てられているのか
- 画面のどの位置に何が配置されているのか
- 視線がどこからどこへ誘導されているのか
といったメモがあります。
こういった記録から流れて消えてしまう映像の要素をカット単位で分解して落ち着いて吟味できるため、演出の骨格を浮き彫りにしやすいのです。
絵コンテは映像になる前の設計を見るための資料
完成したアニメ映像には
- 作画のタッチ
- 色彩
- 照明効果
- 背景美術
- キャラクターの声
- BGM・効果音
など、極めて膨大な情報が同時に含まれています。
視覚・聴覚の情報が一気に押し寄せるため、演出の「構造そのもの」だけを視聴しながら抽出して見ることは通常は難しいです。
絵コンテには、完成映像として仕上がる前の「映像設計」を中心とした情報が記録されています。
- 画面の構図(レイアウトの意図):キャラクターや物、背景の配置
- カメラワークの指定:寄り(アップ)なのか引き(ロング)なのか、カメラがどう動くのか(パン、ティルトなど)
- 演技・アクションの指示(ト書き):キャラクターの心情や動きの細かなニュアンス
- カットの持続時間(秒数・コマ数):シーン全体のテンポやリズム、印象の設計
つまり絵コンテを見ることは、完成した建物を外から眺めるだけでなく、「その建物を支える柱や梁がどのように組まれているのか」という骨組みを直接観察することに近い体験と言えます。
絵コンテは演出の「答え」ではなく、考察するための材料
ここで一つ、演出を分析するうえで重要な前提を持っておく必要があります。
それは、「絵コンテを見れば、監督の頭の中にある意図の『正解』がすべて自動的に分かるわけではない」ということです。
絵コンテのト書き(指示欄)に演出意図が事細かに言葉で書かれていることもありますが、多くの場合は作画や撮影のための客観的な指示にとどまります。
描かれている構図やカット割りの真意までがすべて文章化されているわけではありません。
したがって、絵コンテから演出を分析するときは「唯一の正解を当てるテスト」のように考えるのではなく、「観察できる客観的な事実(構図、時間、カットの繋がりなど)を手がかりにして、『こういう効果を狙ったのではないか』という仮説を立てていく行為」として捉えるのが健全です。
「正解」を急いで断定するのではなく、設計図をもとに「なぜこの形を選んだのだろう?」と自分なりに推論を巡らせることこそが、絵コンテ分析の最大の面白さでもあります。
絵コンテからアニメの演出を分析するときに見るポイント
では、実際に絵コンテを開いたとき、具体的にどのようなポイントに着目すればよいのでしょうか。演出の意図を浮き彫りにするための6つの観察視点を紹介します。
絵コンテを分析するときの基本は、観察した事実から演出の効果を考え、最後にこのような演出意図があるのではないかと仮説を立てることです。
例えば、「人物が画面の端にいる」→「画面内で人物が小さく見える」→「周囲の空間が強調される」という描写があった場合、「孤立感を感じさせているのではないか」という仮説を立てられます。
【絵コンテ分析の6つの着眼点】
- ├ カットがどこで切り替わるか(タイミング・理由)
- ├ 一つのカットで何を見せているか(画面内の情報・余白)
- ├ カメラの位置や動きが何を変えているか(距離感・心理的効果)
- ├ 前後のカットがどうつながっているか(視線・動作・形の連続性)
- ├ あえて見せていないものを見る(オフスクリーン・情報の省略)
- └ 同じ構図・動作・モチーフの反復を見る(対比・変化・構造)
① カットがどこで切り替わるかを見る
演出分析の第一歩は、「なぜこの瞬間にカットが切り替わったのか」を考えることです。
カットの切り替えには、何らかの演出上の機能があるのではないかと考えて見ると分析しやすくなります。
- 動作の契機:キャラクターが立ち上がった瞬間、振り返った瞬間にカットを変えて動きに勢いをつけている
- 視線の契機:キャラクターが何かに目線を向けた瞬間に、その見ている対象へとカットを繋ぐ
- 情報の提示:会話の途中で、聞き手の意外な表情や、テーブルの上に置かれた意味深な小道具へ視界を切り替える
- 感情の変化:台詞が終わった後、あえて数秒間の「間(沈黙)」を取ってから切り替えることで、余韻や葛藤を表現する
「もしこのカットが1秒長かったらどう感じるか」
「もしここで切らずにワンカットで見せ続けたらどうなるか」
と比較して考えてみると、その切り替えタイミングが持つ意図が掴みやすくなります。
② 一つのカットで何を見せているかを見る
次に、単一のカットの画面の中に「何が描かれ、何が強調されているか」を観察します。
単に「綺麗な構図だな」と眺めるのではなく、「この1コマを通じて、視聴者に真っ先に何を認識させたいのか」を読み解く姿勢が大切です。
- 主題と配置:画面の中央に人物を堂々と置いているのか、端に寄せて不安定さや孤立感を出しているのか
- 背景と空間:背後の空間を広く見せて開放感や孤独感を演出しているのか、狭い壁で囲んで圧迫感や閉塞感を作っているのか
- 余白の使い方:人物の視線の先の空間を空けているか、あえて視線の先を画面端で遮っているか
画面に何が配置されているかを見ることで、どのような情報が強調されているのかを考えられます。
③ カメラの位置や動きが何を変えているかを見る
絵コンテには、ショットサイズやアングル、カメラの動きなどが指定されている場合があります。
- ショットサイズ
- ロングショット(引き):状況説明、客観的な位置関係、孤独感、スケール感
- ミドルショット(中間):日常的な会話、身体の動き、人間関係の距離感
- アップ/クローズアップ(寄り):感情の高まり、緊張感、細かな心理描写、秘密の強調
- カメラのアングル
- あおり(ローアングル。見上げる図):威圧感、力強さ、巨大さ、見上げる側の無力感
- 俯瞰(ハイアングル。見下ろす図):客観視、無力さ、孤立、運命に翻弄される感覚
- カメラの動き(カメラワーク)
- PAN(左右に振る)/TILT(上下に振る):空間の広がりを見せる、視線の移動を追う
- カメラの移動/ズーム:対象への急激な迫り、心理的な動揺
ここで大事なのは、「これはローアングルだ」「これはクローズアップだ」と専門用語を当てはめて満足することではありません。
「カメラの距離や角度が変わったことで、視聴者の心理的な距離や印象がどう変化したか」を考えることです。
④ 前後のカットがどうつながっているかを見る
アニメは静止画の連続ではなく、カットとカットが連なることによって一つの意味を生み出す表現(モンタージュ)です。
そのため、「前後のカットがどのような論理で結びついているか」を見る必要があります。
- 目線の繋がり(アイライン・マッチ):
カットAで人物が右斜め上を見る → カットBでその先にある時計が映る - 動作の繋がり(マッチアクション):
カットAで手を振り上げる → カットBで振り下ろした手が対象に当たる - 形の繋がり(マッチカット):
丸い月が映った後、同じ位置・同じ大きさで丸いコーヒーカップに切り替わる - テンポの対比:
長めの静かなカットが続いた直後に、極端に短いアクションカットを連続させて衝撃を与える
前後のカットの間で、何が引き継がれ(色、形、動き、音など)、何が新しく提示されたのかを確認することで、流れるような連続性の秘密が見えてきます。
⑤ あえて見せていないものを見る
優れた演出ほど、「描かれているもの」と同じくらい「画面の外に隠されているもの(オフスクリーン)」を巧みに使います。
- 出来事を直接描かない:殴る瞬間そのものを映さず、殴られた後の壁の影や、飛び散る破片だけを映す
- 表情を隠す:重大な告白をするキャラクターの顔を映さず、足元や握りしめた手元のアップだけを映す
- 時間の省略:部屋を出る人物が映った次のカットで、すでに夜の街を歩いている(移動の過程を大胆に削る)
すべてを画面内で説明しきらないことで、視聴者は無意識のうちに「見えない部分」を頭の中で想像し、補完しようとします。
「何を見せないことによって、視聴者の想像力や緊張感を掻き立てているのか」という引き算の演出に着目してみましょう。
⑥ 同じ構図・動作・モチーフが繰り返されていないかを見る
映画やシリーズ作品全体を通して絵コンテを追っていくと、「以前のシーンとまったく同じ構図や動作が、意図的に反復されている場面」に出会うことがあります。
- 序盤とクライマックスの対比:第1話では下を向いて歩いていた主人公が、最終話では同じ構図・同じアングルで前を向いて歩いている
- 人間関係の力関係の逆転:最初は見上げていた相手を、物語後半では見下ろすアングルで対峙する
- 象徴的なモチーフの反復:日常の崩壊が起きる直前に、必ず特定の時計や鏡、踏切の警報機がカットインする
こうした反復と差異(リフレイン)を見つけ出すと、単なる1シーンの工夫にとどまらない、作品全体を貫く構造的なテーマや演出設計の深さに触れることができます。
絵コンテから演出を分析する具体的な手順
着目すべきポイントが分かったところで、実際に手元の作品と絵コンテを使って分析を進めるための実践的な7つのステップを整理します。
【絵コンテ分析の7ステップ】
STEP1: 印象に残った場面を一つ選ぶ(1〜2分の短いシーン)
STEP2: 場面をカット単位に分解する(カット番号・秒数の整理)
STEP3: 各カットで観察した事実を書き出す(構図・情報・演技)
STEP4: カット同士の関係を比較する(動作・視線・情報・感情)
STEP5: 変化によって生じる効果を考える(連続性・マッチ・リズム)
STEP6: 作品の文脈と照らし合わせる(心理効果・誘導)
STEP7: 演出意図を仮説としてまとめる(根拠に基づく考察)
STEP1:印象に残った場面を一つ選ぶ
最初から2時間の映画全体や1クールの全話を分析しようとすると、情報量が多すぎて途中で息切れしてしまいます。
まずは「1分〜2分程度の、個人的に強く印象に残っているお気に入りのシーン」を一つだけ選ぶのがおすすめです。
「なぜかこのシーンでいつも泣いてしまう」
「この場面の切り替わりがやけにスタイリッシュで気になる」
といった、自分自身の純粋な感情のフックを出発点にしましょう。
STEP2:場面をカット単位に分解する
選んだ場面の絵コンテを開き、その場面が何カットで構成されているかを確認します。
- カット1(C-1)
- カット2(C-2)
- カット3(C-3)……
まずはカット番号をリストアップし、それぞれのカットの秒数をメモしてみましょう。
「2+12」のように秒数とコマ数を組み合わせて尺が指定されている場合もあります。
これだけでも、シーン全体のテンポ配分(どのカットをじっくり見せ、どこをスピーディーに畳み掛けているか)が一目で把握できるようになります。
STEP3:各カットで観察した事実を書き出す
それぞれのカットについて、絵コンテの絵とト書きを見ながら、何が描かれているかを整理します。
- 誰(何)が映っているか(人物のバストアップ、背景の空、小道具など)
- どのような構図か(センター配置、左右非対称、フレームイン/フレームアウトなど)
- キャラクターは何をしているか(台詞、視線の動き、微細なジェスチャー)
STEP4:カット同士の関係を比較する
各カットの終わり際(トランジションの瞬間)に注目し、「なぜ演出家はここでカットを切ったのか」を考えます。
- 台詞の終了に合わせたのか?
- キャラクターの表情が変わった瞬間か?
- 新しい情報(第三者の侵入、状況の変化)を素早く見せるためか?
STEP5:変化によって生じる効果を考える
カット単体の観察から視野を広げ、「カットAからカットBへの接続(繋がり)」を検証します。
- 目線や動きのベクトルは自然に繋がっているか? あえて不連続にして違和感を作っているか?
- 引きの絵から寄りの絵へスムーズに移行しているか?
- 音(台詞やSE)はカットの切り替えと同時に鳴っているか、それとも前のカットから先行して聞こえているか(Lカット/Jカット)?
STEP6:作品の文脈と照らし合わせる
ここまでに集めた客観的なデータ(構図、時間、繋ぎ方)をもとに、「この一連の映像設計によって、視聴者の脳内にはどのような認識や感情が引き起こされているか」を考察します。
- 情報を分かりやすくスムーズに手渡しているのか?
- 重要な事実をあえて隠し、不穏さやサスペンスを生んでいるのか?
- キャラクターの孤独感や絶望感を、空間の広さやアングルによって追体験させているのか?
STEP7:演出意図を仮説として考える
最後に、全体の観察結果を統合して、「このシーンの演出意図についての自分なりの仮説」を言葉にしてみます。
初めの方でも触れましたが、絵コンテを分析するときの基本は、観察した事実から演出の効果を考えて、演出意図の仮説を立てることです。
「この場面では、主人公の孤立感を強調するために前半は極端なロングショットを多用し、他者との距離感を空間的に表現している。
しかし、相手が歩み寄った瞬間に一転して親密なミドルショットへ切り替えることで、主人公の心の氷解をカメラの距離感の変化そのものによって体感させる意図があったのではないか」
このように、客観的な根拠(ロングからミドルへの変化)と主観的な効果(心の氷解)を論理的に結びつけることができれば、演出分析としての確かな説得力が生まれます。
完成映像と絵コンテを見比べると、さらに演出を分析できる
絵コンテを単体で読むだけでも多くの発見がありますが、完成映像と絵コンテを横に並べて見比べることで、演出分析の解像度をさらに高めることができます。
【設計(絵コンテ)と完成映像の照合プロセス】
- 絵コンテ(初期設計)
- ├─ 何がそのまま採用されたか?(設計通りのコア演出)
- ├─ 何が現場で変更・削除されたか?(テンポ調整・作画上の最適化)
- └─ 何が新しく追加されたか?(色彩・音響・撮影処理による拡張)
- 完成映像(最終形)
- なぜその変更が必要だったのか?を考察する
絵コンテと完成映像が同じとは限らない
絵コンテはあくまで制作の初期段階で作られる設計図です。
その後のレイアウト作成、原画・動画の作画、美術背景、撮影処理、そして編集やダビング(音響作業)という工程を経ていく中で、絵コンテの指定から変更される部分が少なからず発生します。
何が残り、何が変更されたのかを見る
完成映像と絵コンテを照らし合わせるときは、以下の点に注目してみましょう。
- カットの長さの増減:絵コンテで指定されていた秒数より、実際の映像では短く刈り込まれている(あるいは引き延ばされている)部分はないか
- 構図やアングルの変更:絵コンテのラフスケッチよりも、完成映像のレイアウトの方がより極端なパースがついている、あるいは人物の配置が微調整されている部分はないか
- カットの統廃合:絵コンテでは2カットに分かれていたアクションが、完成映像では流れるような1カットにまとめられていないか
設計から完成までに変化した部分を見る
重要なのは、「絵コンテ通りになっているかどうか」を採点することではありません。
「なぜ設計の段階から完成映像へと変更されたのか? その変更によって何がより良くなったのか?」という変化の理由を考えることです。
- 編集段階でテンポを上げて緊張感を高めるために、間を詰めたのかもしれない
- 作画監督のアイデアによって、よりキャラクターの感情が伝わるポーズに変更されたのかもしれない
- 劇伴(BGM)の盛り上がりに合わせるために、カットの尺を微調整したのかもしれない
設計図と完成品の「差異」に着目することで、プロフェッショナルの創意工夫によってアニメーションがどう磨き上げられたのかを想像することができます。
今敏作品を絵コンテから見ると何が見えてくる?
絵コンテから演出を分析する醍醐味をもっとも鮮烈に味わえる実例の一つが、世界的な評価を受けるアニメーション監督・今敏(こん さとし)氏の作品です。
『PERFECT BLUE』『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』『妄想代理人』といった今敏作品は、現実と虚構、夢と記憶が複雑に入り乱れる独自の映像世界で知られています。
完成映像だけでは追いにくい複雑な場面を分解してみる
今敏作品の最大の特徴の一つは、「目にも留まらぬスピードでシームレスに時空が切り替わる場面転換」です。
例えば、有名なシーンとして『パプリカ』の夢の中のパレードや『千年女優』で主人公の語る思い出が時代劇の映画世界へと滑らかに雪崩れ込んでいくシーンなどがあります。
異なるカット同士や人物の変身、夢と現実の侵食がシームレスに繋がっていき、完成映像で見ていると違和感がなく、引き込まれて見入ってしまうことすらあります。
参考(期間限定で上映された映画の予告です):
今 敏監督作品 リバイバル上映企画 第2弾『千年女優』予告編【2024年1月19日より期間限定】
しかし、これらの場面を絵コンテに立ち返って1コマずつ分解してみると、偶然の産物ではなく計算された映像設計が施されていることが分かります。
現実と夢など、場面の切り替わりをカット単位で見る
今敏監督の作品では、マッチカットやマッチアクションなど、異なる場面を滑らかにつなぐ編集的な表現が印象的に用いられています。
マッチカットやマッチアクションは、異なるカット同士を似ている形・音・動きで繋いで、場面やアングル・画角を自然に切り替える手法のことです。
例えば
- 動作の一致:現実世界の部屋でドアを開ける動作の途中で、まったく別の夢の世界の扉を開けるカットへと繋がる
- 構図・ポーズの一致:前のカットで倒れ込む人物の角度と、次のカットでベッドに横たわる人物の角度が完璧に一致している
- カメラワークの一致:カメラが右へ大きくパンして画面が障害物で一瞬遮られた瞬間、カメラの動きの勢いを殺さずに別の空間へと移行する
といった表現が挙げられます。
完成映像では「一瞬の魔法」のように見える場面転換も、絵コンテを見ることで「どのカットのどのフレームで、何を共通項(形・動き・速度)にして空間を接続しているのか」という設計の仕組みを鮮明に観察することができます。
今敏の演出を「答え合わせ」するのではなく、自分で観察してみる
今敏作品の絵コンテを見る際も、「監督が仕掛けたギミックの正解探し」に終始する必要はありません。
手元で絵コンテを止め、完成映像を何度も再生しながら、「なぜここで時空を繋ぐ必要があったのか」「主人公の精神状態とこの場面転換はどう連動しているのか」を自分自身の視点でじっくり考察してみる。
そうした能動的な観察を行うことで、一度見ただけでは気づけなかった多層的なテーマやプロの執念に触れることができるはずです。
実際のプロの絵コンテを見ながら分析してみる
演出分析の理論や手順を理解したら、次はぜひ「本物のプロが描いた絵コンテ」を実際に手にとって、自分の目で確かめてみてください。
絵コンテは実際の映像と組み合わせると読みやすい
絵コンテ集は、単体で本として読むだけでもスケッチ集のような面白さがありますが、「本編の映像を再生できる環境を用意し、手元に絵コンテを広げて見比べる」というスタイルが圧倒的におすすめです。
「このト書きに書かれたキャラクターの動きや状態が、完成映像ではどのように表現されているのか」
「このコンテのラフな線が、完成映像ではこんなにも美しい色彩と光の処理になっているのか」
といった発見の連続は、映像鑑賞をまったく新しい体験へと変えてくれます。
実際の人気作品を題材に分析できる
実際の作品を題材に、本格的なアニメ演出の研究をしてみたい方にとって、絵コンテは映像制作を考えるための資料になります。
例えば、『今敏 絵コンテ集』シリーズ(『パプリカ』『千年女優』『PERFECT BLUE』『東京ゴッドファーザーズ』は、場面転換やカットの接続そのものが作品の魅力になっているため、絵コンテと完成映像を比較する題材として面白いと考えられます。
今敏監督の絵コンテの魅力の一つとして緻密な設計が挙げられます。
絶版書籍の復刊を扱う「復刊ドットコム」の紹介記事でも、今敏監督の絵コンテは漫画のようだと触れられています。
そのため、学習だけでなく読んでいるだけでも楽しめる要素があります。
絵コンテの設計は全員が詳細に描くとは限りません。個人差が大きく、書いてある指示や絵もラフな場合があります。
しかし、今敏監督の絵コンテは、レイアウト指定まで描ききるほど詳細に描かれていることで知られており、鑑賞する人・学ぶ人のどちらにとっても読み応えのあるものになっています。
入門書で演出の理論を学ぶだけでなく、実際のアニメ映画がどのようなカットや画面設計の積み重ねによって作られているのかを、具体的な作品を通して確認できるのが絵コンテ集の面白さです。
『パプリカ』や『千年女優』あるいは、その他の好きな作品があるなら、その作品の絵コンテ集を手元に置いて本編と見比べてみるのも面白いでしょう。
好きな作品をもう一度違う角度から見るための資料にもなる
「演出の専門家を目指しているわけではないけれど、あの作品がとにかく好き」というファンにとっても、絵コンテ集はかけがえのない宝物になります。
何度も見て展開を知り尽くしている大好きな作品であっても、絵コンテを片手にもう一度見直すことで
「こんな細かいところに伏線となる小道具が配置されていたのか」
「このセリフの裏で、ト書きにはこんな心情が指定されていたのか」
といった新たな発見が次々と見つかります。
慣れ親しんだ作品を、もう一度新鮮な驚きと感動を持って味わい直すための最高のガイドブックとなってくれるでしょう。
まとめ
アニメの演出を絵コンテから分析することは、「流れていく映像と時間のマジックを一度止め、作り手の思考の足跡を一つずつ辿り直すこと」です。
- カットの切り替わり:なぜその瞬間に切ったのか?
- 画面の構図:何を強調し、何を余白に残したのか?
- カメラの距離と角度:視聴者の感情や距離感をどう操作しているのか?
- カットの連続性:前後のカットを何で繋いでいるのか?
- 画面外の省略:あえて見せないことで何を想像させているのか?
- 反復と対比:作品全体で繰り返されるモチーフや構図の変化はあるか?
これらの視点を持って絵コンテと完成映像を見比べることで、私たちは普段何気なく受け取っていた感動や興奮の正体を、より解像度高く理解できるようになります。
そして大切なのは、演出意図の「たった一つの正解」を当てようとするのではなく、設計図を手がかりに「自分なりの解釈や仮説」を組み立てていくプロセスそのものを楽しむことです。
もしあなたに大好きな作品があるなら、あるいは今敏監督の描くめくるめく映像世界に魅了されたことがあるなら、ぜひ絵コンテ集を手に取り、完成映像と並べてページをめくってみてください。
まずは手元にある好きな作品から、印象に残っている1〜2分の場面を一つ選んでみてください。
その場面をカット単位に分け、「なぜここで切り替わったのか」「前後のカットは何でつながっているのか」「何を見せて、何を見せていないのか」を確認してみましょう。
そうして完成映像と絵コンテを行き来していると、これまで「なんとなく好きだった演出」が、少しずつ自分の言葉で説明できるものに変わっていきます。

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