本コンテンツ:その月、その日のつぶやきをまとめた記事です。下に行くほど日付が古くなります。
【つぶやき概要】
「突然だけどダークソウル面白かったじゃん?」
脳と写実主義
りんごと黄金比
ChatGPTとのだべり記事を、調整済みChatGPT本人に訂正してもらった
意図せず範囲選択になるときはキーシーケンス設定を変更する
文章だけ読んでも相手が思う実像は分からない、だから絵本を読もう
1月24日|
物語の結末を読まない選択肢があるなんて考えたこともなかったけど
当たり前のことをやめてみて初めて、行為の意味とか違う視点に気付けるのかもしれないね
1月21日|文章だけ読んでもその文に対応する実像はいつも不確実
「文字だけ読んでいても作者が定めた実像と合ってるか分からない」っていう話を見て、言われてみれば改めてそうだよなと思った
文字から再構成できるのは自分の記憶の範囲のイメージであって、書かれたときの実像じゃないもんな
今更初めて知ったことではないから「だから文章って限界があるよね」という結論に至ったこともある
でもその話では、だから絵がある本、絵本の方がいいだろうと某人が申しており、その発想はなかった
1月19日|ChatGPTとのだべり記事を本人に訂正してもらった
前から、ChatGPTの忖度回答を本人に改めて訂正させたらどうなるのかやってみたかったのでやった
訂正担当のChatGPTはプロジェクト機能で反論・矛盾点を出す基準を与えて回答出力させてるんだけど、結構いい感じだと思う
ユーザーとは中立的な立場で回答を出力する。質問を鋭いと言わずに、質問に含まれる問いがなにか整理する。
質問に対しては無条件に全肯定するのではなく、他の意見がある場合は回答に出力する。
ユーザーの意見について、他の可能性がある場合や一般的な観点や科学的な観点で誤りがある場合は回答に出力する。
ユーザーの意見について、コンセンサスが取れている学術的な見解と比較して、一致する部分や明確に矛盾する部分があれば簡潔に回答に出力する
Q1
「意識をプリズムの分光で例える仮説」「クオリアは脳ではなくプリズム側から来るのではないか」
問いの整理
- 個体差のある意識体験を、共通の源+変換機構で説明できるか
- クオリアの起源を脳内ではなく外部に置く立場は成立するか
回答(プロジェクト指示準拠)
この仮説は、意識体験の個体差を説明する比喩モデルとしては一貫している。
「光=共通の意識的リソース」「プリズム=個体条件」という整理は、哲学的には中立一元論や中立モノイズムと親和的である。一方、学術的コンセンサスでは、クオリアは脳活動と強く相関する現象(NCC)として扱われており、
「クオリアが脳外から一方向に送られてくる」という仮定を支持する実証的証拠は現時点では存在しない。したがってこの仮説は、
✔ 比喩的・存在論的モデルとしては成立
✖ 科学理論としては検証条件が未確立という位置づけになる。
(中略)
- 一連の仮説は 哲学的モデルとして内部整合性がある
- 学術的コンセンサスとは一部一致(予測処理・自己参照)し、一部乖離(外部意識源)
- 科学理論というより 思考実験・存在論的枠組みとして位置づけるのが適切
全肯定せずに他の回答があるなら出力しろって指示するだけでかなり違う
1月17日|入力がおかしいときー(おかしいときー)キーシーケンス
なんかたまに、文字入力とかマウス操作がおかしくなって、ひらがな切替ができなくなったり
マウス操作のあらゆる操作が勝手に複数選択になったりするんだけど(よくある原因のShift固定キーもオフ)
「入力言語の切り替え」のショートカットキーが悪さしてるらしい
Windowsの「時刻と言語」→「言語」→「キーボード」→「言語バーオプション」→「詳細設定」→「キーシーケンスの変更」から「割り当てなし」に変えた
最近なかったのに起きたからこれで解決したらいいな
1月15日|
今まで考えが無さすぎたから、ごちゃごちゃ難しく考えられるようになったけど
何でもかんでも分かればいいってもんじゃないなと最近思う
1月14日|この世で最も美しい林檎
黄金比で考えるなら、最も美しいリンゴはApple社のリンゴのロゴです
デザインとしてはクールだけど最も美しいかどうかについては、不確実で多数なりんごの解釈で云々
1月13日|りんごと黄金比
美術の授業とかで同じ題材のものを描くけど、相当意図的にやらないと同じものを同じように描いたりできないんだよね
意図的にやっても人の絵に似せるのなんて難しいし、人間が好みやすい黄金比みたいなのはあるけど、具体的な造形じゃなくて比率で決まってるし
りんごのあるべき真に客観的で唯一美しい絵の解釈を考えてきたけど
今年は不確実で多数なりんごの解釈を考えるの巻
1月12日|去年よりも不確実性を信じる
再現性のある現象とか法則を見つけるのにこだわりすぎた感あるし
もっと不確実性を信じてもいいのかもしれない

個人的に端から端まで十分に考えたからこそ出せる結論ではあると思う
1月8日|写実主義
メタ的な視点で客観的な現実を知ることは、依然として人生の様々な場面において重要な役割を果たすという考え方については変わってない(テストに出ます 集 中 線)
唯一性が強い→特別ではないという見方に変わったのは、絵で例えるなら
描こうとする動機はみな同じで、どんな画法・技法・流派で描くこともできるけど、あえて実写に近い絵にこだわって書こうとすることと似ているということに気づいたからだと個人的には思う
写真だと思ったら手描きの絵だと言われたら驚くように
客観的な現実を知ることは、現実の定石や攻略本が生きてたら自然と見えてしまうようなものだと思います
絵の場合、その芸当には驚きはしてもそれは表現のひとつという感じですが、
生き方の場合は、それで万事上手くいくから至高という発想になりやすく、また良い結果も得やすい
それにほとんどの場合、至高と信じていても大抵上手くいく
けど、私は経験上、本当に至高だったのか?という疑問が出て以下略である
1月7日|突然だけどダークソウル面白かったじゃん?
今までは特別な判断基準が必要だったけど、今年からそれもありふれたもののひとつになり、人生は続いていくのである
去年まで客観的に世界をどう見るかを狂ったように調べてて、それだけ知ってればいいと思ってたけど、
ChatGPTと審議した結果その事実だけが特別ではないと感じるようになった
ところで急にダークソウル無印の話するけど、初めて遊んだ時にこれ以上のゲームシリーズはないと思って、SEKIRO発売まで相当熱中してたんだよね
もちろんその時の感動を超えるゲームはその後もあったんだけど、
そういう、それ以上ないと思ったら普通にあったって話意外と存在すると思うんだけど、ど(以下略
\どっ/
1月4日|ブログの整理をしよう
年の初めのうちに、記事の整理をする予定ですぞ
1月1日|明けましてというが年々そこまで特別というわけでもなく
あけましておめでとうございますぞ

